True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~

EP03

 20年前。
 2006年3月19日。
 私の職場は日曜日も平常運転だ。
 仕事がなかなか終わらず、帰宅が遅くなった。
 22時43分。
 あのチャットトークが忘れられなくて、私はまたあの掲示板を訪れた。
 TARさんはもうフレンド募集のスレッドを出していなかった。
 その代わり、『売約済み』という謎のスレッドを立てていた。
 そのスレッドには冷やかしが何人も書き込んでいる。
 そのおかげで上位に載っているのだと思う。

『売約済みって謎すぎるんですけど!』

 そう私が書き込むと、彼は私のIDを見てすぐにリンクを差し出してきた。
 昨日と同じパターン。しかし合言葉を入力してくださいと出る。
 こういう仕掛けは大体自分の名前を入れると開くことが多い。
 私は「KIKKO」と入力する。開いた……やった!

 ――KIKKOさんが入室しました。

 私が入室したシステムログが表示されると、

 ――TARさんが離席状態から戻りました。

 と表示される。
 私が来るのを待っていてくれたようで、嬉しかった。

『合言葉だなんて聞いてないですよ!』
『はは、ごめんごめん。偽物避けなんだよね』

 TARさん曰く、私の書き込みを見た人が私に成りすますらしい。
 それってつまり、私がログインしていない時も私を待っていた……?
 ううん、さすがにそれはないよね。

『そりゃあ、「売約済み」なんて書いてるからです。どうして?』
『そうすればKIKKOさんに見つかりやすいから』

 顔文字付きで答えるTARさん。
 あのスレッドは、確かに書き込みがないと小さく表示されるし、書き込みが多ければ多いほど見やすくなっていく。
 ――私のために? いや、まさか。

『私を待っててくれて嬉しい……です』
『うん。KIKKOさんが来てくれて嬉しい、です』
『真似しないで!』
『グフフ』

 またアスキーアートが流れる。
 可愛い顔文字が表示される。
 ユーモアに溢れた陽気なTARさんとの2時間が幕を開けた。

 -*-

 その日のチャットトークは少し変わっていた。
 5月の母の日に何を贈るかというTARさんからの相談だった。
 私は聞かれて、アップルパイと答えた。
 どうしてアップルパイ?と彼は不思議そうに聞いてきた。

『母の好物なの。家族の味って言うかね、皆で分け合って食べられるし』

 するとTARさんは、自分の母親が好きな食べ物を知らないという。
『母が好きなのは猫だから』と。
 私にはその台詞が少しだけ寂しそうに思えた。

『TARさんのお母さんは猫好き? なら高級猫缶なんてどうかな?』
『母の日に高級猫缶!?』
『いいアイディアだと思うんだけど? ダメだった?』
『ダメじゃない。でもツボった』

 そんなに面白いことを言っただろうか?
 私は少し不安になる。

『いいアイディアだと思ったんだ。ありがとう』
『それならよかった』

 素直に笑えた。癒された気がした。

『また明日も私と話してくれますか?』
『俺で良ければいつでも』

 ――即答。
 2時間はあっという間で、彼は時間に正確だった。
 もう少し話していたいと思っても、私が何時に寝るのかを事前に聞いたうえで、彼の方から「おやすみ」と告げてきた。

『また夜にでも』

 そう最後に付け加えてくれる優しさに、心がドクンと高鳴る。
 ネットは怖い場所だ。誰もが仮面を被ることが出来る。
 それはTARさんに限らず私もそうだ。
 けれどもTARさんは信じられるような……そんな気がしていた。
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