True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~
EP40
2012年7月13日の33歳の誕生日。
武からブランドバッグが届いた。
欲しかったデザインだった。
でも欲しいなんて一言も言ったことはない。
また無理をして、と思いながらも「気持ちだから」と言われれば返す言葉がなかった。
私も「ありがとう」と言って、受け取るしかなかった。
-*-
武は私の誕生日をめがけて来る予定だった。
でも私の都合で約2か月、伸ばしてもらった。
武には「繁忙期で忙しい」とか、「6年目の3日間だから、まとまった休みが取れるまで日程を伸ばしてほしい」とか、嘘と本当が入り混じったことを理由にした。
武と9月に会うことが決まってから、私は少しでもお金を稼ぎたくて必死で働いた。
武もきっと私に会うために、これまで何度も同じことをしてきたような気がした。
いつの間にか当たり前になっていた。
武が来てくれることが。
せめて私にできることといえば、1つしかない。
私の想いを武に伝えること。ただ真っ直ぐに正直に、武に向けて――。
-*-
迎えた2012年9月12日。
今日は39歳の武の誕生日だ。この日に会えたことが心から嬉しい。
新千歳空港A到着口の大きな水槽の前で、6回目の武の到着を待った。
手を振ってやって来る武を。
「由惟! ……待ったか?」
「えっと早く来過ぎたみたい。でも待つ時間も悪くなかったよ」
私は微笑む。
少し白髪の増えた武。
目元にも皺があった。
「ちょっと見ないうちに、オッサンくさくなったね」
「貫禄が出たって言ってくれよな」
「お腹がポッコリ出てないのは努力してると思う」
「だろ?」
いつものように手を繋いで歩く。
もう指にはシルバーアクセを嵌めていなかった。
腕時計だけが毎年同じ場所にある。
手の温かさも、前と同じ。
青白い肌だけは、どこか冷たく見えた。
「由惟は変わらないな……」
「どういうこと?」
「毎年なんでもない顔をしながら、目は俺をせわしなく探してるとこ」
どうしてそんなことを知っているのだろう。
いつ来るんだろうか、期待と不安と喜びでごちゃ混ぜな感情をなんとか落ち着かせようと深呼吸を繰り返していた時もあった。
「初めて来たときはさ、わざと隠れて由惟を見てたこともあった。何度も深呼吸してさ、照れたかと思ったらため息ついて……嬉しかった」
ばっちり観察されてた。これは恥ずかしい。
「今日もそうだよ。何度も服装チェックしてたし。……大丈夫。今日もちゃんとキュートないつもの俺の由惟だ」
見上げると武の髪は黒く、清潔感のあるカットになっている。
なぜか眼鏡は掛けていなかった。気が付けばこのところずっと。
「そういえば、眼鏡は?」
「もうつける必要がないからやめた」
「視線を直接向けられるのが苦手でさ。眼鏡が一枚あるだけで少し楽だったんだ」
そういえばあのダークグレイの目が今は黒く見える。
武はカラーコンタクトをつけたのだろう。
「私もよく武の目を見つめていたと思うよ?」
「由惟の場合は、俺の目に興味があるんじゃなくて、ただ俺を見ていた」
確かにそうだ。
私にとって武がこの姿だったからだ。
「由惟に見つめられるたび、あり得ないほどドキドキした。ヘンな口調で誤魔化したりもしたけど、由惟はそんなこと全然気づいてなかったし」
あの妙なセリフも、どことなくオタクっぽい台詞も。
武の照れ隠しだったなんて。
「そのうちピエロな俺も悪くないって思うようになったんだ。 ……由惟が笑ってくれるならそれでいいって思った」
-*-
列車に乗っていつものように街の中心部に行く。
ビジネスホテルは、今までで一番規模の小さいホテルだった。
そこのダブルを取っているという。
「どうしていつもダブルなの?」
「実は寝相が悪いんだよ。ほっとくとごろごろ転がっていくんだ」
「だから大きいベッドってことか……」
「そうそう。ツインなら一人で寝るのは寂しいし、シングルなら狭い……」
そう言いながら、武は少し寂しそうに笑って告げた。
「由惟を抱きしめて寝たことがあっただろ? あの時から、期待してしまうんだな。もしかしたらまた一緒にって。そんなことは出来ないのに」
電車のアナウンスが聞こえる。
私達はしばらく口を閉ざして、駅の地下街を歩く。
ここは毎年武と何度も歩いた記憶がある。
ホテルのロビーで武を待つ。
私が行きたい店に付き合ってもらうために。
チェックインを終え、荷物を置いた武と一緒に、目的地の店へ行く。
そこは紳士靴の老舗の支店だった。
「いらっしゃいませ」
スーツを着た中年男性が、出迎えてくれる。
「今日はね、武に贈る靴を買いに来たの」
「俺の……靴?」
「長時間歩いても疲れないいい靴を履いて欲しくて……」
「由惟、まさか……」
「武だって無理してこのバッグ買ってくれたでしょう? もうそろそろ私の気持ちも受け取ってよ」
私は肩から下げているバックを武に見せた。
艶々になるようにクリームをつけて磨いたから、武がくれたバッグは良く光る。
武は何かを考えているようだった。
でも一瞬泣きそうな顔をしたかと思うとすぐにキリッとした顔に戻る。
覚悟を決めた顔だった。
「わかった、俺に合ういい靴を選ぶよ。その代わり予算をオーバーするようだったら、俺にも出させてほしい。それでもいいか?」
「うん」
武は先ほどの中年男性に話しかけ、靴選びを手伝ってもらった。
そうして武が選んだ靴は、漆黒の革靴。
今度武がお手入れをして長く履けるように、シューケアセットも付けて貰った。
「本当に全部出してもらってよかったのか?」
「うん。誕生日おめでとう」
「ありがとう……由惟」
武は今、先ほど購入したばかりの靴を履いてくれている。
この新しい靴は、武をどこへ連れて行くのだろう。
もしかしたらそこに私は居ないかもしれない。
それでも私は、武と一緒にいたい。
その想いだけは、変わらなかった。
武からブランドバッグが届いた。
欲しかったデザインだった。
でも欲しいなんて一言も言ったことはない。
また無理をして、と思いながらも「気持ちだから」と言われれば返す言葉がなかった。
私も「ありがとう」と言って、受け取るしかなかった。
-*-
武は私の誕生日をめがけて来る予定だった。
でも私の都合で約2か月、伸ばしてもらった。
武には「繁忙期で忙しい」とか、「6年目の3日間だから、まとまった休みが取れるまで日程を伸ばしてほしい」とか、嘘と本当が入り混じったことを理由にした。
武と9月に会うことが決まってから、私は少しでもお金を稼ぎたくて必死で働いた。
武もきっと私に会うために、これまで何度も同じことをしてきたような気がした。
いつの間にか当たり前になっていた。
武が来てくれることが。
せめて私にできることといえば、1つしかない。
私の想いを武に伝えること。ただ真っ直ぐに正直に、武に向けて――。
-*-
迎えた2012年9月12日。
今日は39歳の武の誕生日だ。この日に会えたことが心から嬉しい。
新千歳空港A到着口の大きな水槽の前で、6回目の武の到着を待った。
手を振ってやって来る武を。
「由惟! ……待ったか?」
「えっと早く来過ぎたみたい。でも待つ時間も悪くなかったよ」
私は微笑む。
少し白髪の増えた武。
目元にも皺があった。
「ちょっと見ないうちに、オッサンくさくなったね」
「貫禄が出たって言ってくれよな」
「お腹がポッコリ出てないのは努力してると思う」
「だろ?」
いつものように手を繋いで歩く。
もう指にはシルバーアクセを嵌めていなかった。
腕時計だけが毎年同じ場所にある。
手の温かさも、前と同じ。
青白い肌だけは、どこか冷たく見えた。
「由惟は変わらないな……」
「どういうこと?」
「毎年なんでもない顔をしながら、目は俺をせわしなく探してるとこ」
どうしてそんなことを知っているのだろう。
いつ来るんだろうか、期待と不安と喜びでごちゃ混ぜな感情をなんとか落ち着かせようと深呼吸を繰り返していた時もあった。
「初めて来たときはさ、わざと隠れて由惟を見てたこともあった。何度も深呼吸してさ、照れたかと思ったらため息ついて……嬉しかった」
ばっちり観察されてた。これは恥ずかしい。
「今日もそうだよ。何度も服装チェックしてたし。……大丈夫。今日もちゃんとキュートないつもの俺の由惟だ」
見上げると武の髪は黒く、清潔感のあるカットになっている。
なぜか眼鏡は掛けていなかった。気が付けばこのところずっと。
「そういえば、眼鏡は?」
「もうつける必要がないからやめた」
「視線を直接向けられるのが苦手でさ。眼鏡が一枚あるだけで少し楽だったんだ」
そういえばあのダークグレイの目が今は黒く見える。
武はカラーコンタクトをつけたのだろう。
「私もよく武の目を見つめていたと思うよ?」
「由惟の場合は、俺の目に興味があるんじゃなくて、ただ俺を見ていた」
確かにそうだ。
私にとって武がこの姿だったからだ。
「由惟に見つめられるたび、あり得ないほどドキドキした。ヘンな口調で誤魔化したりもしたけど、由惟はそんなこと全然気づいてなかったし」
あの妙なセリフも、どことなくオタクっぽい台詞も。
武の照れ隠しだったなんて。
「そのうちピエロな俺も悪くないって思うようになったんだ。 ……由惟が笑ってくれるならそれでいいって思った」
-*-
列車に乗っていつものように街の中心部に行く。
ビジネスホテルは、今までで一番規模の小さいホテルだった。
そこのダブルを取っているという。
「どうしていつもダブルなの?」
「実は寝相が悪いんだよ。ほっとくとごろごろ転がっていくんだ」
「だから大きいベッドってことか……」
「そうそう。ツインなら一人で寝るのは寂しいし、シングルなら狭い……」
そう言いながら、武は少し寂しそうに笑って告げた。
「由惟を抱きしめて寝たことがあっただろ? あの時から、期待してしまうんだな。もしかしたらまた一緒にって。そんなことは出来ないのに」
電車のアナウンスが聞こえる。
私達はしばらく口を閉ざして、駅の地下街を歩く。
ここは毎年武と何度も歩いた記憶がある。
ホテルのロビーで武を待つ。
私が行きたい店に付き合ってもらうために。
チェックインを終え、荷物を置いた武と一緒に、目的地の店へ行く。
そこは紳士靴の老舗の支店だった。
「いらっしゃいませ」
スーツを着た中年男性が、出迎えてくれる。
「今日はね、武に贈る靴を買いに来たの」
「俺の……靴?」
「長時間歩いても疲れないいい靴を履いて欲しくて……」
「由惟、まさか……」
「武だって無理してこのバッグ買ってくれたでしょう? もうそろそろ私の気持ちも受け取ってよ」
私は肩から下げているバックを武に見せた。
艶々になるようにクリームをつけて磨いたから、武がくれたバッグは良く光る。
武は何かを考えているようだった。
でも一瞬泣きそうな顔をしたかと思うとすぐにキリッとした顔に戻る。
覚悟を決めた顔だった。
「わかった、俺に合ういい靴を選ぶよ。その代わり予算をオーバーするようだったら、俺にも出させてほしい。それでもいいか?」
「うん」
武は先ほどの中年男性に話しかけ、靴選びを手伝ってもらった。
そうして武が選んだ靴は、漆黒の革靴。
今度武がお手入れをして長く履けるように、シューケアセットも付けて貰った。
「本当に全部出してもらってよかったのか?」
「うん。誕生日おめでとう」
「ありがとう……由惟」
武は今、先ほど購入したばかりの靴を履いてくれている。
この新しい靴は、武をどこへ連れて行くのだろう。
もしかしたらそこに私は居ないかもしれない。
それでも私は、武と一緒にいたい。
その想いだけは、変わらなかった。