True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~

EP42

 私は病院に入院することになった。
 ただそれは私に合う薬を探し、調整するためのものだった。
 
 最初は怖かった。
 でも実際に足を踏み入れてみると、それは偏見でしかなかった。
 周囲には私と同じこの病気を背負って過ごす仲間が大勢いた。
 それでも私はたった一人、異世界に放り込まれたような気がしていた。
 なぜならここは武のいない世界だから。

「仲崎さん、こちらです」

 病棟の看護師に案内されて、向かった4人部屋。
 カーテンで仕切られたベッドエリアが私の領域。
 白い天井、白い寝具、白いパイプベッド。
 この病棟ではスマホを使えなかった。もちろんパソコンもない。
 武を感じられるものは、ここには何一つなかった。
 そう思うと何処かホッとする反面、信じられないほどの寂しさが襲った。
 これが失恋の痛みだろうか?
 私がこれほど辛いなら、武はどうなのだろう。
 こんなになっても武のことが心配だった。
 ご飯食べてる? 
 ちゃんと寝てる? 
 仕事頑張れてる?
 気が付けば私はいつも窓際にいて、窓の向こうの大空を見ていた。

 -*-

 夕食が配膳される頃だった。
 誰も座っていない丸テーブルを探して、私は1人静かに食事をとっていた。
 作ってくれた人への感謝を込めて、きちんと味わって食べたい。そんな気持ちはある。
 でも武を失った私には、何を食べても味がわからなかった。

 そんな時、目立つ赤いTシャツの青年が私の向かいに座った。
 静かにテーブルに食事のトレイを置き、美味しそうにガツガツと食べている。
 彼と目を合わせないようにして、私は自分のペースを守って食事する。
 やがて彼のほうが先に食べ終わり、彼はトレイを持って何でもなかったように席を立った。また独りになったテーブル席で、食事を続ける。
 決められた食事時間内になんとか食べ終わった私は、小さく「ごちそうさまでした」と告げて、窓辺の長椅子に座った。
 暗くなっても空を眺めることを止められなかった。
 やがて就寝前の投薬の時間になった。
 私は薬を飲み、決められた時間にベッドに入った。
 シングルのベッドがやけに広く感じた。

 -*-

 朝が来た。
 院内のスケジュールに沿って動く。
 鏡には虚ろな目をした私が映っている。

 また食事の時間がやってきた。
 私は人のいないテーブルを探し、独り食事を始めた。
 するとまた赤いTシャツの青年が私の向かいに座って食事を始めた。
 彼は何も言わない。
 私も何も言わない。
 食べ終わったら去っていく。

 食事の度に彼は私の元に現れ、豪快に食事をして去っていく。
 そんなことが2週間続いた。
 そのうちに彼の名前を覚えた。
 配膳された食事に名字が書かれているからだ。
 その食事札には「榎本」とあった。

 -*-

 私が入院してから3週間が過ぎた時。
 別の病棟から一人の男性が移動してきた。
 いつものように榎本君が私の向かいに座り、豪快に食事をとっているところへ、彼がやってきた。
 食事札には「大川」とある。
 大川さんも何も言わなかった。
 榎本君も何も言わないし、もちろん私も。
 ただ、その日から私が居るテーブルに、二人が必ず座るようになった。
 武を想って窓を見続ける私に、視界の外から声がした。
 榎本君だった。
 
「ねぇ、何で笑わないの? 疲れない?」

 彼は離れた場所から大きな声で、不思議そうに問う。
 私は問われたので答えた。でも窓から視線を動かすことはなかった。
「どう笑っていいか、思い出せない」と、そう答えた。
 彼はその場ではそれ以上何も話しかけてこなかった。

 -*-

 2013年3月14日、ようやく外泊許可が下りた。
 症状は少しずつ落ち着いているらしい。
 両親が迎えに来た。少しやつれて見えた。でも私を見る表情は優しかった。

 一時帰宅して最初にしたことは、スマホの電源を入れることだった。
 武からメールも着信も来ていなかった。
 パソコンを立ち上げても、武が通話ソフトにログインしていることも無ければ、メッセージが残っていることもない。
 私から連絡を入れることもやろうと思えばできた。
 でもそんな資格はもう無い。
 私にできることはもう何もない。
 彼の幸せを願って身を引くことだと、そう言い聞かせる。
 でも彼が別の女性を選ぶことを想像するだけで、心が張り裂けそうだった。
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