True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~
EP43
外泊から戻って食事の時間が来ると、大川さんと榎本君の配置が変わった。
三人で三角形を描くように座る。
食事中に会話はなく、ひたすら食べるだけ。
食べ終わると去っていく。
翌朝。
大川さんと目があった。彼は初めて小さく笑った。
相変わらず食事中は無言のまま。
食事中に会話はなく、ひたすら食べるだけ。
食べ終わると去っていく。
先生の診察があったから少し遅れて食事をとる。
すると、大川さんと榎本君がもう座っていた。
不思議なことに食事をしていない。
私が食事を持って別の丸テーブルに座ると、彼らも席を移動する。
私を頂点に、左に榎本君、右に大川さんだ。
小さな声で「いただきます」というと、彼らも「いただきます」と告げてから食事を始めた。何が起きたのか呆然とする私に、榎本君が「配膳のオバちゃんが困るから早く食わないと」と声を掛けた。時計を見ると、確かに時間が迫っている。
豪快に食べ終わる榎本君。彼はなぜか下膳をしに行かない。
大川さんと私はほぼ同時に食べ終わった。
そうして私が「ごちそうさまでした」と告げると、榎本君と大川さんもそれに倣った。
食事が終われば、3人そろって下膳する。
まるできょうだいが食事をとるかのように。
でもこの変化を私は嫌だとは思わなかった。
そしてこの日を境に、食事は3人一緒にとることが当たり前になった。
-*-
ある日の院内プログラムではみんなでカラオケをすることになった。
榎本君は無言で私にマイクを渡してくる。
曲は何でもいいから歌おうという趣旨で、拒否できる状態でもなく私も歌うことにした。
私が選んだのは洋楽のポップス。
誰も知らないと思ったのに、女性からは「あの曲だ!」と声が上がった。
武と歌うために英語を勉強したことが、今になって活きてくる。
それから榎本君と競うように邦楽のヒットナンバーを歌うと、心が少しだけ軽くなった。
「結構歌うんだ」
「あなたもね」
「仲崎さんもマイク握ったら離さないタイプなんすね」
榎本君がニヤリと笑った。
「うん、そうみたい……知らなかった」
「自分のことなんて意外と分かんないもんっすよ」
そう彼は呟いた。
「だからもっと知りたくなってワクワクする」
目から鱗だった。
何を言ってるの、と。
自分を知りたい? ワクワクする? そんなこと、あり得ない。
でも彼が言うと嘘に聞こえない。
「自分にワクワクするなんて、考えもしなかったわ……」
「少なくとも窓ばっかり眺めるより楽しいっすよ。オレはね」
榎本君と長く話したのはそれが最初だった。
しだいに私のコミュニケーションの範囲は広がっていく。
それで分かったことは、榎本君の入院がとても長いこと。
彼は一体何人、入退院の患者を見てきたのだろうか。
「でも来月やっと退院なんすよ」
そう告げる彼の声には不安が入り混じっていた。
喜ばしいことなのに、退院おめでとうと声を掛けられなかった。
と同時にその言葉でハッとした。
退院後、これからは持病を背負って生きるということを。
その重さを。
「でも選択肢が増えるのは悪いことじゃない。選べないよりずっといい」
「ねえ、なんでそんなに前向きでいられるの?」
「じゃあ、後ろ向いてていいことって逆にあるんすか?」
答えられなかった。
「同じこと、大川さんにも言われたんすよね……」
「大川さんはなんて答えたの?」
「時と場合による、だって」
榎本君が窓の空を見る。
私も一緒に窓の外を見た。
武が好きだった雲の無い青空が、広がっていた。
そして飛行機雲が青空に細く白いラインを引いていた。
三人で三角形を描くように座る。
食事中に会話はなく、ひたすら食べるだけ。
食べ終わると去っていく。
翌朝。
大川さんと目があった。彼は初めて小さく笑った。
相変わらず食事中は無言のまま。
食事中に会話はなく、ひたすら食べるだけ。
食べ終わると去っていく。
先生の診察があったから少し遅れて食事をとる。
すると、大川さんと榎本君がもう座っていた。
不思議なことに食事をしていない。
私が食事を持って別の丸テーブルに座ると、彼らも席を移動する。
私を頂点に、左に榎本君、右に大川さんだ。
小さな声で「いただきます」というと、彼らも「いただきます」と告げてから食事を始めた。何が起きたのか呆然とする私に、榎本君が「配膳のオバちゃんが困るから早く食わないと」と声を掛けた。時計を見ると、確かに時間が迫っている。
豪快に食べ終わる榎本君。彼はなぜか下膳をしに行かない。
大川さんと私はほぼ同時に食べ終わった。
そうして私が「ごちそうさまでした」と告げると、榎本君と大川さんもそれに倣った。
食事が終われば、3人そろって下膳する。
まるできょうだいが食事をとるかのように。
でもこの変化を私は嫌だとは思わなかった。
そしてこの日を境に、食事は3人一緒にとることが当たり前になった。
-*-
ある日の院内プログラムではみんなでカラオケをすることになった。
榎本君は無言で私にマイクを渡してくる。
曲は何でもいいから歌おうという趣旨で、拒否できる状態でもなく私も歌うことにした。
私が選んだのは洋楽のポップス。
誰も知らないと思ったのに、女性からは「あの曲だ!」と声が上がった。
武と歌うために英語を勉強したことが、今になって活きてくる。
それから榎本君と競うように邦楽のヒットナンバーを歌うと、心が少しだけ軽くなった。
「結構歌うんだ」
「あなたもね」
「仲崎さんもマイク握ったら離さないタイプなんすね」
榎本君がニヤリと笑った。
「うん、そうみたい……知らなかった」
「自分のことなんて意外と分かんないもんっすよ」
そう彼は呟いた。
「だからもっと知りたくなってワクワクする」
目から鱗だった。
何を言ってるの、と。
自分を知りたい? ワクワクする? そんなこと、あり得ない。
でも彼が言うと嘘に聞こえない。
「自分にワクワクするなんて、考えもしなかったわ……」
「少なくとも窓ばっかり眺めるより楽しいっすよ。オレはね」
榎本君と長く話したのはそれが最初だった。
しだいに私のコミュニケーションの範囲は広がっていく。
それで分かったことは、榎本君の入院がとても長いこと。
彼は一体何人、入退院の患者を見てきたのだろうか。
「でも来月やっと退院なんすよ」
そう告げる彼の声には不安が入り混じっていた。
喜ばしいことなのに、退院おめでとうと声を掛けられなかった。
と同時にその言葉でハッとした。
退院後、これからは持病を背負って生きるということを。
その重さを。
「でも選択肢が増えるのは悪いことじゃない。選べないよりずっといい」
「ねえ、なんでそんなに前向きでいられるの?」
「じゃあ、後ろ向いてていいことって逆にあるんすか?」
答えられなかった。
「同じこと、大川さんにも言われたんすよね……」
「大川さんはなんて答えたの?」
「時と場合による、だって」
榎本君が窓の空を見る。
私も一緒に窓の外を見た。
武が好きだった雲の無い青空が、広がっていた。
そして飛行機雲が青空に細く白いラインを引いていた。