True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~

EP44

 明日、榎本君が退院する。
 その最後の夜――。
 私と大川さんと榎本君、三人でソフトドリンクを片手にささやかなお別れ会を行った。
 大川さんの奥さんが焼いたというクッキーをつまみながら。

 一番盛り上がった話題は音楽のことだった。
 意外にも、大川さんには楽器を演奏する趣味があった。
 カラオケは苦手だけど、トランペットなら任せてとのことだった。
 榎本君がカラオケ好きなことは言うまでもない。
 音楽のある生活が当たり前で、近所のカラオケ同好会にも所属しているとのことだ。

「仲崎さんって趣味はなんすか?」

 聞かれて私は困った。
 正直、思いつくものが何もなかった。
 大川さんが声を掛ける。

「何でもいいんです。やりたいことをやるのが一番ですから」

 榎本君がクッキーをボリボリと食べながら答えた。

「そうそう、マイペースで」

 私も大川さんの奥さんのクッキーに手を伸ばす。
 昔、子供の頃母が焼いてくれた、懐かしいクッキーの味がする。
 私は母の手伝いをどれだけやっていただろうか。
 キッチンに立つ母を手伝ったことはあっただろうか?
 自分一人で生活を回していくためのことを、私はどれだけ知っている?
 答えは明確だ。
 武が最初に来た日、私は両親に向かって何と言った?

『行動で示すべきなら、私も出来ることをする』

 と言ったんじゃなかったか?

「やりたいことか……とりあえず自立かな」
「真面目だな~。でも仲崎さんらしい気がするわ」

 榎本君が明るく笑った。
 大川さんが穏やかに微笑んだ。
 入院して二か月目――、私はようやく笑うことを思い出した。
 
 -*-

 榎本君を見送って、大川さんを見送って、私の退院の日がやってきた。
 ここから再スタートだった。
 就ける仕事は何でもやった。
『私が出来ることをする』ということを行動で示した。
 家族に隠し事をすることもなくなった。

 そして退院してから半年が過ぎた、2013年の12月。
 長年使っていたパソコンが壊れてしまったのをきっかけに、私はオンラインゲームをやめた。通話ソフトも削除してしまった。
 安いプランに変えるため、別のキャリアに乗り換えた。
 それでも番号は変えたくなかった。
 武からまた連絡が来る可能性だけは、どうしても捨てられなかったから。
< 45 / 49 >

この作品をシェア

pagetop