True Blue Line ~君は僕のたった一つの宝物~

EP07

 裏口前では江口さんが白い車を停めて待っていた。
 私の嫌な予感は的中したようだ。背筋がぞくりとする。
 私がぶるっと体を震わせると、江口さんが近寄ってくる。
 顔が近い。なんなの……。

「由惟ちゃん、こっちこっち!」

 車に誘導される。
 このまま乗ってしまって本当に良いの?でも相手は職場の人間だ。
 立場が上の正職員だ。このまま断って何かあったら?

「どうしたの? ……警戒しすぎだって」

 濃厚なムスク系の香水のにおいがする。
 つけすぎではないだろうか。

「すみません。やっぱり、寄りたい店があるので……お先に失礼します!」

 私は駅とは違う方向に猛ダッシュする。
 そういえば足だけはそこそこ速かったか。
 私は後ろを振り返らず、ただ駆け出した。

 -*-

 気が付けば、会社の裏手。
 マンションやアパートなどの住宅街が立ち並ぶ場所だった。
 街灯はあるものの、道を照らす十分な明かりではなかった。

「うわ……迷子になっちゃった。どうしよう……」

 その時、TARさんからメールが届く。
 私が気が付かないうちにメールはもう3件目だった。

『大丈夫か? 無事にやり過ごせた?』

 心配してくれているのがわかる。

『うん、でもなんか迷子になっちゃった……』

 そう入力して、返信するのに一瞬、迷った。
 不安に足がすくむ。
 そういえば最近女性が襲われた事件もあった。
 ただ安心したかった。
 不安定な心を支えて欲しかった。
 ――彼に。

『通話してもいいですか? 迷子になってしまって……』
『かけて』

 私は彼の番号を呼び出し、通話ボタンを押す。
 5回ほど呼び出し音が鳴って、声が聞こえた。

「もしもし? ……KIKKOさん?」

 低い声だった。
 男性の声はよくわからないけど、きれいな声だ。

「大丈夫? あ、いま、迷子だったな」
「はい。あ……」

 涙が勝手に出てくる。
 どうしていいかわからないほど、涙が出た。
 電話の向こうでTARさんが答える。

「俺がいるよ。どこまで力になれるかわからんけど、そばにいる」

 TARさんの言葉が心にしみた。
 それからTARさんは一緒に最寄り駅を探してくれた。
 カタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。
 彼は街の名前を聞いてから、近くにあるマンションの名前を聞いた。
 そうして私から現在地を聞き出し、最寄り駅まで導いてくれる。
 途中……TARさんらしいジョークも交えながら、私を支えてくれた。
 そうして駅が見えてきたとき。
 私は、初めて他人にNOと言えたことを話した。

「ありがとう、TARさん」
「俺は何もしてないよ」
「でもTARさんのおかげで一歩踏み出せた」
「……うん。ほれ、列車の時間、間に合うか? 急げ急げ」

 お兄ちゃんみたいだと思った。
 実際私に兄は居ないけど。

「そうだ、また電話しても……? まだちゃんと自己紹介してないだろ?」
「あ、そういえばそうだった!」

 切るのが嫌だった。ずっと聞いていたかった。
 この電話の向こうにTARさんがいる。
 でも切らなければならない。

「またかけます。その時はちゃんと、自己紹介します」
「楽しみにしてる。気を付けて帰ってね」

 少しだけ寂しそうな声だと思った。
 その寂しさは私も同じだと、伝えられたらどうなっていたんだろう。
 揺れる列車の中で私はTARさんを想った。
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