ピカレスクに心酔
自分の中で明確に均衡が崩れてしまったのは、高校一年生の冬、実里と出会って二年が経った日のことだ。
実里は滅多に友達と遊びに行かない。その代わりというべきか、私にはすごく懐いていたと思う。
私の部屋に「作ってみたから食べて」とクッキーを持ってやって来て、自分も一枚つまみながら、軽々と言い放った。
『私、お姉ちゃんの高校行こうかな』
次の瞬間、反射的に私は叫んでいた。
『やめてよ!』
心底腹立たしかった。羨ましかった。
私が苦労して受かった高校も、実里にとっては「行こうかな」のテンションで検討できる。私が実里に負けないようにと勝手にもがいていることも知らず、無邪気に近付いてくる。
その時の実里の顔は忘れられない。特別驚くわけでも悲しむわけでもなく、感情が抜け落ちたがらんどうの瞳。
次の日、控えめに微笑む彼女を目の当たりにして、やっと上手に笑えるようになった実里から、本当の意味での笑顔を奪ったのは自分なのだと悟った。
以来、実里が私の部屋へ入る前にノックを欠かしたことはない。