ピカレスクに心酔
職員室を出て廊下を進む。
なんとはなしに見やった窓の外で、枯れ切った木の枝が強風で大きく揺れていた。寒そうだな、と軽く身震いしたところで隣から声が掛かる。
「九栗は帰っていいよ」
「え?」
唐突すぎてすぐには理解できなかった。思わず坂井の顔を見上げれば彼と目が合う。視線が交わった瞬間、少しだけ息も詰まった。
けれど、相手の表情は一切変わらない。穏やかな、いつもの坂井のままだ。
「どうせ暇だから。俺がやっておく」
「いや……そういうわけにはいかないよ、悪いもん」
「何で? 早く帰りたいでしょ」
何で、と言われても。逆にどうして一人で全部やっておくなんて言えてしまうのかが分からない。
坂井は前々からそういうところがあって、気が付いたら私の分まで仕事を片してくれている時もある。でもそれはあくまで気が付いた時の場合だ。私が気が付いていないケースで、もっといっぱい彼のお世話になっている部分はあるのだろう。
「今日はまだ帰らないよ。部活あるから」
「じゃあ尚更早く行きたいでしょ。いいよ、やっておく」
彼に一切悪気がないのは分かっている。実際、坂井は何も悪くない。
でも今日ばかりは、察して欲しかった。
「……ちょっと、部活行く気になれないから……私もやるよ」