ピカレスクに心酔
坂井は人の事情に首を突っ込んでくるようなタイプではない。クラス全体を俯瞰して困っている人がいたらそつなく手を貸すのに、その親切さには決して切実さは含まれていないのだ。
分かりもしないことを「大丈夫」だなんて無責任に言い放つよりよっぽど誠実である。彼が善人でい続けられて私が善人でい続けられない理由は、そういう一種の線引きにあるのかもしれない。
私が切り出さない限り、坂井は何にも聞かないし言わないんだろう。それを確信してからますます饒舌になっている。
少なからず誰かに聞いて欲しいような、そうでもないような。でもこんなこと、誰にも言えない。だから親切で冷酷な坂井に零すくらいがちょうどいい。
「昨日?」
僅かに驚いた様子でオウム返しした彼は、ああ、と合点が行ったように続けた。
「別に九栗のせいじゃないし、気にしてないよ。それよりこれ、分担した方が早いと思う。枚数とか向き揃える人と、ホッチキス止めする人」
「え、」
それだけ? 気にしてないよって――たった、それだけ?
淡々と作業の効率化を模索する目の前の坂井に、立ち尽くしてしまう。
「九栗?」
またそうやって平然とした顔でとぼけるの。優しそうに見えて、全く優しくなんてないその顔で。
「……違う」