ピカレスクに心酔
違うよ。そうじゃないの。私が欲しかったのは、そんないつも通りの、当たり障りのない言葉じゃない。
『――嘘つくの、下手だね』
あの時の真意を知りたかった。
普段の彼とは似ても似つかない、仄暗く陰気な瞳。甘い声色と仕草に反する冷たい指先。
怖いと思った。知らない人が目の前で微笑んでいると錯覚した。
だけれど、触れられた部分から熱を帯びて思考がまとまらない。偶然聞いてしまったユキたちの言葉なんかよりずっと、坂井のことを考えている。
「引き留めたのは坂井じゃん……何で、そんな知らないふりするの」
そっちから乱暴に覗いたくせに。中途半端に構ってきたくせに。
私だけ焦って慌てて赤くなって、ばかみたいだ。
「え?」
プリントを片手に、坂井が固まる。
「引き留めたって……俺が? 九栗を?」
「だから、何で知らんぷりするの?」
「いや……」
彼は完全に手を止め、困惑した表情でこちらを見つめていた。だって、と坂井が眉をひそめる。
「知らんぷりも何も、俺は九栗を引き留めたりなんてしてない」