ピカレスクに心酔
そこに私を出し抜こうなどという狡猾さは含まれていなかった。あくまで訝しげに、正直に、事実だけを述べている様子である。
忘れてしまったのだろうか。昨日の今日で?
私に気を遣って、意地でも知らぬ存ぜぬで突き通すつもりなのか。いや彼はそんな性格じゃない。
だって、これじゃあまるで私が妄想と現実の区別もつかない虚言癖のある人間のようだ。
昨日起こったことは夢でも幻想でもなく、確かにこの身に降りかかった出来事だというのに。
「……そっか、分かった。ごめん。何でもない」
あまりにも真っ直ぐ堂々と嘘をつくものだから、追及する気も失せてしまった。先に視線を逸らしたのは私で、何だか負けた気持ちになる。
「坂井さ、ホッチキスの人やってよ。ほら私、不器用だから綺麗にできないし」
椅子に腰を下ろし、話題を戻す。
坂井は数秒の後、ああ、うん、と歯切れの悪い相槌を寄越しながら私の隣に座った。
彼がどことなく戸惑っているのが空気で伝わってきたので、明るい声を意識して語りかける。
「坂井は冬休み何してた? どっか遊びに行ったりとか」