ピカレスクに心酔
何でもそつなくこなす坂井に言われたって嬉しくない。嬉しくないのに、嬉しくないと思いたいのに、緩みそうになる頬が憎い。単純に喜んでしまう自分が醜い。
「……私からしたら、坂井の方がよっぽど羨ましいけどね。勉強できて、先生にもみんなにも頼られて、誰にでも優しくて」
不貞腐れたような声が出た。それだけ、いま私が羅列した彼の長所は圧倒的な事実だった。
たとえ彼の芯が冷え切っていたとしても、滲み出る人の良さまでは否定できない。否定できるほど、私は彼以上にできた人間ではない。
「買い被りすぎだよ」
やけにくっきりとしたトーンで、諭すように坂井が言う。
「九栗みたいに何か一つのことに熱中とかできないし、言い合いになるのが面倒だから当たり障りなく接してるだけで」
ぱちん。ホッチキスの音が、一際大きく響いた。
「俺は空っぽだから」
自嘲じみた笑みで呟く彼に、言葉を失う。
その笑い方は知らない。諦めたような、懺悔するような。彼の核心に触れる感情の糸がほつれている。
でも、同じだ。
空っぽなのは私だって同じ。本当の私は善人なのか悪人なのか、時々分からなくなる。
「……早く終わらせなきゃね」