ピカレスクに心酔
目の前の瞳をどんなに見つめ返しても、彼が放った言葉の意味を特別理解できるわけではない。
呆けたように固まる私に対し、彼は至って冷静だった。
「いつもの『坂井忍』の人格は今ここにはいない。代わりにあんたと会話してるのが俺だよ」
「俺、って……」
話し方や所作、表情から何となく感じていた。まるで――
「俺は、坂井忍がつくり出したもう一つの人格」
まるで、別人のようだと。
「もう一つの、人格……?」
情報量にくらくらする。
今度こそ嘘じゃない。手の込んだドッキリにしてはタチが悪すぎる。双子の兄弟なんじゃないか、あるいはドッペルゲンガー?
聞こえた単語を拾ってオウム返ししながらも、頭の中はぐるぐると忙しない。
「二重人格ってこと、なの?」
「まあ、そういう言い方もできるね」
軽く肯定した彼に、ますます眩暈がした。
昨日から感じていた妙な違和感。そこに伴う恐怖やむず痒さは、全て“坂井”ではなく、架空の存在に対するエモーションだったということ。
それが分かって腑に落ちたような、逆にぽっかりと穴が開いたような、おかしな感覚になった。
「俺も最近生まれたからよく分かってない。でも明らかに『いつもの坂井』とは違うんでしょ、俺は」