ピカレスクに心酔
*


「次の問三。曲線とx軸で囲まれた図形の面積を求める問題ですが、これは問二の値を代入すればその後は計算していくだけです。比較的易しいですね。その代わりに次の問四が――」


黒板に次々と書き足されていく数式を、ろくに考え直すこともせずただひたすらに手元のノートへ書き写す。
数学は特に苦手だ。秋頃から既に分からなくなりつつある授業内容に、今更意欲などわくはずもない。

ようやく書き終え、淡々と説明を読み上げる先生の声を右から左に聞き流していた。

視線は自ずと教室の右前方に引き寄せられてしまう。
黒い後頭部。前を見据えて真面目に先生の話を聞いている彼。

姿勢の良い後ろ姿も、組むことなく地面にしっかりと着いた両足も、全てが証明している。存在しているのは、紛うことなき坂井忍その人だということ。
何を当たり前のことを、と鼻で笑われるかもしれない。でも私はその当たり前が決して当たり前ではないと知っているのだ。


『もっと、たくさん呼んで。そうすれば、俺はここにいるって実感できるから』


あの日から坂井のことをずっと目で追いかけてしまう。いつもう一人の“彼”が現れるのか、私には皆目見当がつかないからだ。
勝手にハラハラドキドキして、でも結局あれ以来、坂井は坂井のままだった。

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