ピカレスクに心酔
階段を下ってくる一年生とすれ違う度に、怪訝そうな顔を向けられる。
他学年のフロアは肩身が狭い。それでもめげずに周囲を見回しながら目当ての人物を探した。
一組から八組まで。ざっくりと教室を巡っても坂井の姿は見当たらない。
四階の端に到達し、もう帰ったのかな、と諦めかけた時だった。
『自習室』
目の前の教室に控えめに掲げられたプレート。やけに静まり返っているこの一角。
恐る恐る閉めきられたドアに手を伸ばし、空き巣の犯人のごとくやけに慎重に隙間を広げる。
中を覗き込めば、机に参考書を広げて思案顔でボールペンを握る優等生がいた。
見つけられたことに安堵すると同時、どうやって声を掛けようか思い悩む。
一人で逡巡していると、不意に相手の真っ黒な目がこちらを捉えた。
「……どうしたの?」
ほんの少し困ったような、それでいて最初から分かりきっていたかのような声色だった。けれども、やはり愉快そうに、獰猛に口元が緩められることはない。
「あ……ご、ごめん。さっき坂井が階段のぼっていくの見えて……つい」
咄嗟に嘘をつくこともできず、馬鹿正直に申告してしまう。
案の定、坂井はやや呆けた表情で黙り込んだ。何も言われなくとも分かる。なぜ、と彼の顔が問うていた。
「いつもここに残って勉強してるの?」