ピカレスクに心酔
言いつつ私の横をすり抜けようとした彼の腕を掴んだ。
案の定、坂井はこちらに顔を向けて目を丸くする。一重の控えめな瞳が驚いたように大きくなった。
「ちょっと、今は入らない方がいいかも?」
咄嗟に出た言葉はそれで、私の曖昧な物言いに彼が困惑しているのが分かる。自分で言っておいてどうして疑問形なのか。
「え、誰かいるの?」
「うん、あの……そうだね。私も中に忘れ物したんだけど、なかなか入れなくて」
「ああ、そういうこと」
ようやく私が教室の前で立ち尽くしていた理由を知り、納得したようだ。坂井は数秒思案顔で黙り込むと、再び口を開いた。
「忘れ物ってどこにあるの?」
「机の中だよ」
「分かった。俺が取って来る。九栗はここにいればいい」
「えっ」
それは大変有難い申し出だけれど、了承するわけにはいかない。坂井にあれやこれやを聞かれるくらいなら、自分で突撃する方がマシだ。
「だ、大丈夫だって。私が行くよ」
「ずっとここで入れなくて待ってたのに?」
う、と反駁できずに喉の奥で唸ってしまう。
そんな私を横目に、彼は教室のドアへ手を掛けた。
「――気付いてないのかな、あの子。みんなから嫌われてんのに」