ピカレスクに心酔
瞬間、最悪のタイミングで最悪の言葉が耳に届く。
私に聞こえたのだから、真横にいる坂井に聞こえていないわけがない。
言われた言葉よりも、それを第三者に聞かれて自分の評価が変わってしまうことの方が嫌だった。今この瞬間に、そんなことを考えてしまう自分自身にも嫌気がさした。
俯いて拳を握る。
がらりと、ドアを開ける音がした。
「な……」
戸惑いに塗れた声が中から上がって、隣に立っていた彼が躊躇なく教室に足を踏み入れる。
一瞬、何が起こっているのか理解できなかった。だってまさか、あのままドアを開けるなんて思いもしなかったから。
「えっ、朱南……!?」
私の姿を確認した彼女たちが、悲鳴じみた音で名前を呼んでいる。とても顔を上げられそうにない。
規則正しい足音だけが響いていた。坂井は彼女たちに別段話しかけることもなく、淡々と目的を遂行しているようだ。
そのまま足音がまた近付いてきて、私の横に並んだ彼がドアを閉める。
「はい、これ」
俯いた視界に割り込んできたクリアファイル。当たり前のように差し出されて、私にはもう坂井の考えていることが全く分からなかった。
「……ありがとう」