ピカレスクに心酔


それだけ。最後の四文字が冷たく響いた。


『――何で泣いてるの?』

『せっかく泣いてるのに、隠したらもったいないでしょ』

『なんだ。泣いてるのかと思った』


彼にとって重要なのは、私が泣いているかどうか、それだけなのだ。もっと言ってしまえば、泣いていない私に用はない。

忍に会える条件を探していた。会いたいと思っていた。
こんなふうに、突き放されるように知りたかったわけじゃない。


「ていうか俺、言ったよね。あいつは何も知らないんだから、変なこと言わないでって」


一重の鋭い瞳に睨まれる。
純粋な嫌悪と怒り。負の感情だけを乗せた彼の表情に、背筋が震えた。そこに今までのような甘さは一切含まれていない。

坂井とは全くの別人なのだと何度も思い知らされる。
目の前に絶対にいるのに、自分から手を伸ばすことさえ躊躇してしまう。本能が揺れるほど怖くて危なくて、彼は正真正銘、悪魔のような存在だ。


「ご――ごめん。でも名前呼んだだけで何も、」

「何がトリガーになるか分からない。余計なことはしないで」


取り付く島もなかった。明確に閉ざされたシャッターを傍観し、ただ黙って首を縦に振る。


「朱南」

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