ピカレスクに心酔
坂井よりも少し低い声。彼自身が放った問いであることは間違いない。
けれども、真っ直ぐ、他意はなく。単純に疑問だ、とでも言いたげなトーンに拍子抜けした。
階段を一つ降りて私との距離を詰めた忍は、そのまま平然と続ける。
「我慢しないで全部言えばいいのに。平気なふりするから好き勝手されるんだよ」
そんなことは分かっていた。できるならとっくのとうに喚いて怒鳴って騒いでいただろう。
「……無理だよ」
「何で」
私にはできない。少なくとも、今の私には。
「だって、嫌われるもん……みんな離れていっちゃう。我儘で聞き分けない私なんか、誰もいらないよ」
自分の口が紡いだ言葉は思いのほか拙く、声も頼りなかった。小学生――いや、幼稚園児の主張なのではないかと錯覚するほど、私の不安は脆い。
「嫌われればいいじゃん」
視線を決して逸らすことなく、彼が私の瞳と心臓を貫いた。
「自分が苦しい時にそばから離れていく奴を惜しまなくたっていい。もっと我儘になりなよ。助けて欲しいって、我慢しないでちゃんと言いなよ。今のあんたは、言う前に『誰も気付いてくれない』って諦めてるだけ」
朱南、と。すぐ目の前で私を呼ぶ声がする。
「ぶっ壊そうよ。そうやって自分を守ってる殻とか、無害なふりして傷つけてくる周りとか、全部」
――いい子なんて、クソ食らえだ。
荒々しい単語を吐き捨てた彼のあどけない笑顔に、鼓動が速くなるのを感じた。