ピカレスクに心酔


意を決してそんな要望も押し付けてから、静かに視線を上げる。
虚を突かれたように目を見開いた彼が、何で、と小さく呟く。


「忍(あなた)が出てくるのは、誰かの泣いてるところを見たいからでしょ?」


彼が現れるトリガーをずっと考えていた。
まだ数回しか会っていないけれど、坂井が“忍”に切り替わるのは、決まって私が泣いている時だ。もしくは、私が泣いているように見えた時。
しかも泣いている顔を見て、うっとりと嬉しそうに口角を上げる。涙がトリガーなのは間違いないだろう。

問題は、どうしてそうなっているのか、だ。
忍はどのように生まれて、何のために人の涙に固執して――どのように消えてしまうのか。それは全て坂井忍という人間を知ることでしか解明できない。今ここにいる忍ではなくて、坂井自身を知ることでしか。


「忍のこと、他の人に知られたら困るのは坂井だよ。私と二人だけの秘密なんでしょ? ちゃんと守るから」


だから、と今度は私の方から小指を差し出す。


「私のことだけ見てて。忍はずっと、私のそばにいてよ」


もう一方的な契約でも約束でもない。私たちは立派に共犯者だ。

黒い悪魔に似つかわしくない速度で、彼は怖々と私の小指に自分のものを絡めた。

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