ピカレスクに心酔


坂井は職員室から出て行った後だった。入れ違いで目の前にやって来た私に、先生は目を瞬かせる。


『九栗、どうした?』

『さっきの、違います』

『さっきの?』


主語もなく否定から始まった私の言葉に、相手が戸惑っているのが分かった。でも止まれない。うずうずもやもやして、そうじゃないよって、大声で叫びたくなる。


『英語の課題、いつも坂井が提出してますけど、先月は霧島(きりしま)が自分から「俺がやる」って言ってたんです』


霧島はムードメーカーでサッカー馬鹿なクラスの男子だ。勉強がさっぱりな彼と私は、毎度テストの度にどっちの方が点数が上か小競り合いをしている。二人とも赤点を取って地獄の補講を乗り越えた絆があるくらいだ。
そんな彼が大会に勝って気分も良く調子に乗っていたのか、「俺に任せろ」と事あるごとに宣っていたのがちょうど先月だった。


『多分、色んな人の頼まれごと安請け合いして忘れてたんだと思います。あいつ、馬鹿なので』

『お前と霧島って仲良いんだか悪いんだか分からんな』

『メチャクチャ仲良しデスヨ?』

『はは、なるほど』


苦笑交じりに頷いた先生は、再び「そうか」と首を深く縦に振る。


『教えてくれてありがとな。坂井に謝っとくよ』

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