ピカレスクに心酔
唐突に落とされた不満に、思わず目を瞬いてしまう。
「む、むかつくって……!?」
「朱南が思ったよりあいつのことちゃんと知ってて、なんかむかつく」
「そりゃクラスメートだからね!?」
怒りの矛先が理不尽すぎる。とはいえ、坂井と仲が良いという嘘はバレていなさそうで安心した。
こっそり胸を撫で下ろしていると、忍が控えめな音量で話し出す。
「……そういう話、俺はどう足掻いても聞けないし分かんないから。あいつのこと、時々教えて」
ほんの少し拗ねたような、あどけなさの残るトーン。私に対しての甘さではないと理解していても、不意打ちのそれに唇を噛んだ。
坂井と忍は別人。きちんと分かっている。
けれど、普段は絶対に誰かに頼ることのない坂井が、忍という人格を通して私に頼み事をしているのが新鮮で、ちょっぴり嬉しかった。
先に睡魔に負けたのは恐らく私だったのだろう。目が覚めた時にはカーテンの外が明るくて、電話は切れていた。
開きっぱなしになっていたメッセージアプリで、彼とのトーク画面を眺める。
『九栗朱南です! よろしくね!』
『坂井忍です。よろしく』
二年生になったばかりの四月、簡単な挨拶のみをして、それ以降は時々事務的な連絡くらいしかやり取りがなかった。
そんな簡素なトーク画面に、突如現れた一時間越えの通話の記録。
「……なんて言い訳しよう」
後先考えず行動してしまうのは私の悪い癖だ。
階下から起床を急かす母の声が飛んできて、怠さを抱えたままベッドから降りた。