ピカレスクに心酔
両手で拳を握り私を肯定してくれる羊の全力さが、今は心の弱い部分に染み入る。そうだね、とこれまた一切の迷いなく頷いたカナにも、不安で沈んでいた気持ちが救われた。
「ありがとう」
形式上でもお世辞でも何でもなく、息を吐くように感謝は漏れた。うっかり涙腺が緩みそうになって、慌てて堪える。ここで泣いてしまえば二人に心配をかけるだけじゃ済まない。
この前テレビで流れていた芸人の最新ネタを思い起こし、センチメンタルな空気を吹き飛ばす。
よし大丈夫だ、と顔を上げれば、ユキたちがこちらを見ながら小声で何かを話し合っているのが分かった。その反応は想定内だ。別に傷ついていない。大丈夫。私は、大丈夫。
お弁当を持ってこようと踵を返した刹那、違う角度からの視線を感じて動きが止まった。――坂井だ。
「朱南ちゃん?」
羊の呼びかけが遠く感じる。
視線が絡んだのは僅か一瞬だった。黒い瞳は合った途端に逸らされて、定位置に戻るように手元の参考書へ。
それなのに、どうして。心臓が馬鹿みたいにうるさい。
「朱南ちゃん、どうかしたの?」
再度声を掛けられてようやく我に返る。
不安気に私を見上げる羊に、何でもないよ、と平常を取り繕うのが精一杯だった。