ピカレスクに心酔
*


「やっぱりいた」


四階の自習室。放課後そこへ足を運ぶと、参考書を広げる坂井の姿があった。

急いで階段を駆け上がってきたせいで息が乱れている。
呼吸を整えながら教室内に入ってきた私を見て、彼は分かりやすく驚いていた。坂井がこんなに目を見開いて表情を崩すのは珍しい。

目が合ったのは昼休みのたった一瞬、一度きり。それ以降は私がどんなに彼を視線で追いかけようとも、瞳が掠ることはなかった。
でも絶対に気のせいじゃなかったって、それだけは言える。


「……九栗、」

「坂井に頼みたいことあったんだ! 来月の学年末テスト、赤点取りたくないから勉強教えて!」


彼の中でいま私がどういう位置づけなのかは知る由もない。知らなくたってどうでも良いはずだった。


『私のことだけ見てて。忍はずっと、私のそばにいてよ』


知らなくてはいけない。私は坂井忍という人間の深淵を覗きたい。
そうすることでしか、あの幼くてどこか儚い悪魔を繋ぎとめておけないのだ。


『嫌われればいいじゃん』


いい子でいるだけの私はやめる。見たくないものや触れたくないものを我慢して飲み下すのもやめる。
手段は選ばない。ずるくても無茶苦茶でも、自分を守れるのなら正解だ。


「……それはいいんだけど」

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