ピカレスクに心酔
ひたすらに床を見つめている彼女は、明らかに異質だった。
私の声で我に返ったのか、羊が弾かれたように顔を上げる。その表情はどことなく強張っていて、状況を理解するよりも先に胸がざわついた。
「あ……えっと、何の話、だっけ」
ぎこちなく笑う羊の喋り方は、取り繕っている、という単語があまりにもしっくりときた。なぜ彼女がそんな態度をとる必要があるのか、私には到底分からない。
結局その後は他愛ない話をして気まずい空気を誤魔化した。
羊は放課後になったら「バスの時間があるから」と早々にカナと帰っていく。そのほぼ同時刻、坂井は教室からいなくなっていた。
一つ思い出したことがある。
羊とカナはいつも二人で帰っていて、バス停に並んでいるのを見たことがある。私は夏に自転車で帰る時、そのバス停の前を通り過ぎて二人に手を振った。その並んでいる生徒の中に、坂井がいたはずだ。
羊と坂井は同じバスに乗っている。少なくとも夏までは。
坂井がなぜわざわざ決していい環境とはいえない自習室で居残るのか、前々から不思議だったのだ。
『家だと誘惑多すぎて集中できなかったりするもんね』
『……うん、まあそんなところかな』