偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
南野さんは癖が強い。
言い方も容赦がないし、一度気になったことには納得するまで何度でも質問してくる。こちらが何日かけて考えた企画でも、『L'ÉCRINである必要がない』の一言であっさり却下されたことだってある。
けれど、この数週間、何度も南野さんと話してきてわかったこともあった。
あの人は、自分の気分だけで意見を変える人ではない。少なくとも、自分の都合や好き嫌いだけで、宿泊客にとって不利益になるような判断をする人ではないと思うのだ。
――じゃあ、どうして今になって?
一度は了承したプランを覆してまで変更したいと思ったのなら、何か理由があるはずだ。
それを聞かないまま、『もう決まったことだから』と押し切ってしまっていいのだろうか。
私はぎゅっとこぶしを握って、口を開いた。
「でも、このまま前の案で押し進めても、ホテル側が納得していないままになる。それはそれで、私はよくないと思う」
「納得って言ったって、もう決まったことだろ」
相沢さんが返す。
「だからこそ、どうして今になって変えたいと言い出したのか、そこをちゃんと確認したいんです。相沢さん、それにみなさん、もう一度、私に南野支配人と話をさせてください」
「それで、本当に変更することになったら?」
まっすぐ問われて、私は少しだけ息を止めた。
その場合、簡単ではない。
これまで積み上げてきたものを捨てることになるかもしれないし、チームのみんなにも、博洋堂にも、ホテル側にも、もう一度動いてもらわなければならない。
それでも、ここで曖昧なまま進めて、周年企画そのものに後悔が残るほうが嫌だった。
「もし話を聞いて、それでも変更するべきだと私が判断したら……そのときは、プランから組み直しになるかもしれません」
「そんなの――」
「お願いします」
相沢さんの言葉を遮るように、私は椅子から立ち上がり、ゆっくり頭を下げた。
「時間がないのはわかってるし、みんなに負担をかけることもわかってます。でも、リーダーとして、理由も確認しないまま進めることはできません。だから、もう一度だけ時間をください」
しばらく、誰も何も言わなかった。
さっきまで聞こえていた資料をめくる音も止まり、会議室の空気が重くなる。
頭を下げたままの私は、自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえるような気がした。
怖くないわけではない。
もし私の判断が間違っていたら、この場にいる全員に余計な仕事を増やすことになる。
これまでだって、皆、必死にやって来たのだ。
それでも、これがリーダーとして私が判断しなければいけないことなのだと思った。
誰かが決めてくれるのを待つのではなく、自分で聞いて、自分で考えて、その結果に責任を持つ。
きっと慧さんが私に任せたのも、こういうことなのだ。
やがて、長い沈黙のあとで、相沢さんが大きく息を吐いた。
「……わかった。とりあえず、話だけは聞いてきてくれ」
その言葉に、私はようやく顔を上げた。
他のみんなも、相沢さんが一番作業が大変なことが分かっていたのもあり、相沢さんの声に頷いた。