偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!

 その瞬間から、本当の意味で大変な仕事が始まった。

 その日の午後、私は急きょプロジェクトチームのメンバーを集めた。
 会議室には結城課長や三原さんをはじめとしたメンバーが揃い、博洋堂からは相沢さんたちがオンラインで参加している。

 私は南野支配人との話を最初から説明した。

 なぜこの段階になって変更を求めてきたのか。
 これまでの案が悪いわけではなく、五十周年という節目だからこそ、これからL'ÉCRINを知る人にも届く企画にしたいと考えていること。

 そして、その話を聞いたうえで、私自身も同じように感じたこと。

「なので……私は、企画の軸から見直したいと思っています。もちろん、見直すと言っても既存の案を捨てるのではなく、これまでの感謝と、これからのL'ÉCRINが見える企画にしたいと思っているんです」

 言った瞬間、会議室の空気が重くなった。

 当然だと思う。この段階で変更することがどれだけ大変なのか、ここにいる全員がわかっている。

「かなり大きな修正になります。広告も、宿泊プランも、場合によっては最初から組み直すことになると思います。スケジュールも今より厳しくなるし、皆さんにも相当な負担をかけることになります」

 リーダーになってから、判断を求められる場面はいくつもあった。

 それでも、ここまで大きな決断を自分からみんなに伝えるのは初めてで、反対されたらどうしようという不安もあれば、私の判断が間違っていたらどうしようという怖さもある。

 それでも、南野さんの話を聞いてしまった以上、ただ『もう決まっているから』という理由だけで元の企画を進めることのほうが、私には無責任に思えた。
 ひとりずつ、みんなの顔を見る。

「五十周年だからこそ、今までL'ÉCRINを支えてくださったお客様だけじゃなくて、これから初めて泊まりたいと思ってくれる人にも届くものにしたいです。もちろん、ラグジュアリーブランドとしての価値は絶対に落としません。でも、普段はなかなか泊まれない人が、『いつかまた自分のためにここを選ぼう』と思えるような企画にしたいんです」

 一度息を吸ってから、私は立ち上がった。

「ここまで進めてもらったのに、本当に申し訳ありません。でも、もう一度だけ、みなさんの力を貸してください。お願いします」

 深く頭を下げる。そのまま数秒経っても、誰の声も聞こえなかった。
 重たい沈黙の中で、自分の心臓の音だけがやけに大きく聞こえる。

 きっと、みんなが考えている。
 これから増える仕事。間に合わせられるのかという不安。

 当然のことだし、簡単に賛成してもらえるとは思っていなかった。やっぱり怖かった。
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