偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
 食事を終えたあと、私たちはデッキへ出た。

 海の上を渡ってくる風は思っていたよりも冷たく、火照っていた頬を心地よく冷ましてくれる。

 手すりの向こうには街の明かりがどこまでも続き、その光が黒い水面に細長く映って、船が進むたびに揺れて崩れていく。
 いつも見ているはずの東京の夜景なのに、海の上から眺めるだけでまったく別の街のように見えた。

「すごくきれい……」
「そうだな」

 隣から聞こえる声に、なぜか胸が少しだけ苦しくなる。

 きれいな景色を見ているからなのか。今日が楽しかったからなのか。
 それとも、この時間が終わってほしくないと思っているからなのか、自分でもよくわからなかった。

 風に吹かれながら並んで立っていると、ふいに慧さんの手の甲に私の指先が触れた。

「あ……」

 ほんの一瞬のことだった。

 どちらかが少し動けば、それだけで離れてしまう程度の触れ方。
 なのに、私はその手から離れたくないと思った。
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