偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
慧さんのポケットの中で、スマートフォンが震えた。
一度、二度と短く振動が続き、慧さんが少し申し訳なさそうな顔をしながら端末を取り出す。
けれど、画面に表示された名前を見た瞬間、わずかに眉を寄せた。
「仕事ですか? 出てください」
「……いや。翠から」
翠くん? 私が聞くと、慧さんは頷いてすぐに通話ボタンを押した。
「もしもし? なんだ?」
最初はいつもと変わらない声だった。
けれど、数秒後。
「……え?」
その声が低くなる。慧さんの顔から、さっきまであった柔らかな表情が完全に消えた。
「いつ? ……ああ。今は? そうか。それで、場所は? ああ、わかった。すぐ行く」
短くそう告げて電話を切ったあとも、慧さんはしばらく画面を見つめたまま動かなかった。
普段なら、どんなトラブルが起きてもほとんど表情を変えない人なのに。
そんな慧さんが、明らかに動揺している。