偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
会社の近くで会っても肩を抱き、電車を待っているだけなのに腰へ手を回し、知り合いがいるかもしれないからやめてほしいとその手を外しても、「付き合ってるんだから別にいいだろ」と笑って、同じことを繰り返す。
「理玖、やめてって言ってるでしょ。人前でこういうの、本当に好きじゃない。それに、勝手に触られるのも好きじゃないよ」
「なんで? 彼女に触ってるだけじゃん。別に変なことしてるわけじゃないだろ」
「そういう問題じゃなくて、私が嫌なの。それに、そういうのはふたりだけのときがいいっていつも言ってるでしょ」
「悠里は気にしすぎなんだよ。誰も見てないって」
――私が嫌なの。
何度そう伝えても、理玖にとって重要なのは、私がどう感じているかではなく、自分がそれを問題だと思うかどうかなのだと気づくようになった。
私が何を好きで、何を嫌いで、どうしたいのかよりも、自分がどれだけ愛されているのか、自分がどれだけ私のことを知っているのか、自分がどれだけ私にとって特別な存在なのか――理玖が欲しがっているのはいつもその証明ばかり。
もしかしたら彼が一番好きなのは私ではなく、私から愛されている自分なのではないか。
一度そう思ってしまうと、それまで見ないようにしていたものまで次々と目につくようになった。
もちろん、それは私から見た理玖でしかなく、彼には彼なりの愛し方があったのかもしれない。
だけど少なくとも、私はもうそれを自分が愛されているとは感じられなかった。
だって私の『嫌』は彼には絶対届かない。ないものとして扱われる。
三年という時間が経つ頃には、小さかったはずの違和感はもう無視できないほど大きなものになっていた。
これ以上一緒にいたら、嫌なことを嫌だと言うことすら諦めてしまいそうな気がした私は、とうとう理玖に別れを告げた。
彼は驚いてはいたし、別れたくないとは言ったけど、私が嫌だから、気持ちが戻らない、と通した。
これで終わるのだと思っていた。
恋人同士でなくなれば、理玖もいつかは諦めてくれるだろう。
取引先として顔を合わせることがあったとしても、仕事とプライベートを分けて付き合っていけるのだろうと、そんなふうに考えていた。だって、理玖はこれまでも交際経験がたくさんあるのだから。
――けれど、それは甘かった。