偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
 ――その少しあと。

 翠が初めて悠里と顔を合わせた二日後、また俺の部屋へ翠がやって来た。

 いつものように自然に部屋へ入ってきて、冷蔵庫から勝手に飲み物を取り出す。

「いやあ、本当に驚いたよ。慧兄、彼女いたんだね。しかも会社の部下とか。やらしー」
「やらしくないだろ」
「だって、職場恋愛でしょ? しかも部長と部下」

「まだ付き合ってない」
「え?」

 翠がペットボトルを持ったまま、こちらを見る。

「付き合ってないの?」
「事情があって、婚約者のふりをしてるだけだ」

「……なにそれ。そっちのほうがやらしくない?」
「どういう理屈だ」
「いやだって、好きな人の婚約者のふりしてるんでしょ?」

 思わず黙った。すると翠が、にやりと笑う。

「やっぱり」
「何がだ」

「慧兄のほうは好きなんだよね。見てればわかるよ。悠里さんは『私からです』って一生懸命言ってたけどさ、絶対、慧兄のほうがベタ惚れでしょ」
「そんなにわかりやすかったか?」
「少なくとも僕にはね。悠里さんは気づいてなさそうだけど」

 翠はそう言ってソファへ腰を下ろし、少しおかしそうに俺を見た。

「慧兄、悠里さんといるとき、僕が見たことない顔してたもん」
「どんな顔だよ」
「普通に楽しそうな顔」

「俺だって普通に笑うだろ」
「そんなことないよ。自分で気づいてないの?」

 翠は笑って言ったあと、こちらを見た。

「だからちょっと安心したんだ。慧兄にも、ちゃんとそういう人ができたんだなって」

 そこで翠の声が少しだけ変わった。

 さっきまで面白がっていたのとは違う。
 俺を見る目が、少しだけ真面目になる。
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