偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!

「慧兄ってさ、重度のブラコンじゃん」
「病気みたいに言うな」

「だって事実でしょ? 僕のために、嫌いな父親の会社にまで入ったところとか」

 その言葉に、俺は反射的に翠を見た。

「……知ってたのか」
「知ってたよ。ずっと前から」
「誰かに聞いたのか?」

「聞かなくてもわかるよ。慧兄が本気で高遠を継ぎたくて入ったとは思えないし、僕が高校生くらいの頃から、なんとなく気づいてた」
「……そうか」

 お前のために入ったなんて言えば、それこそ翠の人生に余計な責任を背負わせることになる。
 だから何も言わなかった。だけど翠はとっくに知っていたようだ。

「でもさ、父さんも、あれでそんなに悪い人じゃないよ。父さん、言葉が足りないし、すぐ勝手に話を進めるし、家族相手でも社長みたいに振る舞うから、そりゃ腹立つけどさ」

 そこまで言って、翠は少しだけ視線を落とした。

「母さんと慧兄が家を出ていったあと、結構元気なかったよ」
「……そうなのか」

「うん。僕の前では普通にしてたけどね。でも明らかに家に帰ってくる時間が遅くなったし、家にいてもずっと仕事してた。母さんが亡くなったときも、僕が寝たと思ってから一人で泣いてたよ」

 初めて聞く話だった。
 父が母の死をどう受け止めていたのかなんて、考えたこともなかった。

 考えないようにしていた、というほうが正しいのかもしれない。

「あの人なりに、後悔してたんじゃないかな。だから僕は、慧兄が高遠に入ったって知ったとき、少しだけ期待したんだよね。これで父さんと慧兄が、ほんのちょっとでも普通に話せるようになればいいなって。まあ、全然うまくいってないけど」
「余計なお世話だ」

 翠が俺たち間でそんなことを考えていたとは知らなかった。余計な気を使わせてしまっていたのか、と反省する。
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