偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
「でも、慧兄のおかげで、父さんは僕を急かさないし、僕は急いで何か決めなくていいと思えてるよ。卒業して何するかも、まだちゃんと決めてないし、高遠に入るかどうかもわからない。もしかしたら全然関係ないことをやるかもしれない。でも、慧兄がずっと『好きにしていい』っていう空気を作ってくれたから、僕はちゃんと考えられる。だから、ありがとう」
「……礼なんていらないよ。ブラコンの兄だそうだから」
「アハハ」
「……というか実際、俺が勝手にやったことだからな」
「うん。だからこそ、もう僕のことだけ考えなくていいよ。僕はもう子どもじゃない。嫌なことは自分で嫌だって言う。慧兄は、自分の幸せのこと、ちゃんと考えてよ」
思っていなかった言葉に、返事が止まった。
翠はそんな俺を見て、少し困ったように笑う。
「僕のために何かしてくれるのは嬉しいよ。でも、僕の人生のために慧兄の人生を使ってほしいとは思ってない」
「そんな大げさな話じゃない」
「慧兄はそう思ってるだろうけど、僕から見ると結構大げさだよ」
それから、急に表情を明るくした。
「それに、悠里さん、いい人だと思ったよ?」
「それはそうだろ」
反射的に答えると、翠が一瞬黙った。
そして、見る見る口元が緩んでいく。
「すごいな。こんな堂々とのろける慧兄、初めて見た」
「のろけてない」
「いやいや、完全にのろけでしょ。大丈夫なの? 会社でバレてない?」
そこまで露骨だった覚えはない。
少なくとも会社では、絶対に出さないようにしている。
けれど、あの日は自宅だったし、相手も翠だった。
少し気が緩んでいたのかもしれないと思った。