偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
「あ、あの……今日は、お父さまが退院するかもしれないんですよね? だったら、私も何かお手伝いしてもいいですか?」
「そのことなんだけどさ」
慧さんが、少し不思議そうに私を見る。
「悠里は、なんで父親のことまでそんな普通に受け入れられるの? 普通はもっと驚くだろ。付き合ったその日に、恋人の父親が高遠ホールディングスの社長だってわかったんだぞ。俺もこれが元で距離を置かれたら、と怖くてなかなか打ち明けられなかった」
「……驚きましたよ。自分でも何を言ってるかわからなくなるくらい驚きました。でも……なんていうか、慧さんは慧さんで、お父さまはお父さまじゃないですか。もちろん、高遠ホールディングスの社長だってわかったときは、本当にびっくりしました。だって私からしたら、会社のずっとずっと上の人ですし。でも、それで慧さんが別の人になるわけじゃないですから」
私は少し考えて続ける。
「それに、ちょっと納得したんです。なんでこんなところに住んでるんだろうとか、なんで所作も綺麗なんだろうとか。今まで不思議だったことが全部つながった感じがして……私は嬉しかったんです」
「嬉しい?」
「はい。慧さんのこと、前より知れたから」
その瞬間だった。ぎゅう、と強く抱きしめられた。
さっきまでの優しい抱き方とは違って、少し苦しいくらいに腕へ力を込められ、私は慧さんの胸元に頬を押しつける。
「……慧さん?」
「やっぱり、ずっとここにいてほしいな。悠里には急ぎすぎに見えるかもしれないけど、俺にとっては全然急じゃないんだよ」
背中に回った手が、ゆっくりと私を撫でる。
「俺はもうずっと前から悠里が好きで、諦めようとして、それでも諦められなくて、ようやくここまで来たから」
「……はい」
「昨日付き合い始めたばかりだから、悠里に今すぐ何かを決めろとは言わない。でも、俺はもう、悠里以外の誰かとこうなりたいとは思えない」
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
「だから、ちゃんと考えておいて。俺とずっと一緒にいること」
顔を上げる。
慧さんは笑っていたけれど、その目だけは真剣だった。
「俺はずっと、これからもそのつもりだから」