偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
第三章 偽りの関係
それからも理玖からのメッセージが途絶えることはなく、電話に出ても復縁を求める話をのらりくらりと続けられ、やめてほしいと言っても聞き入れてはくれなかった。
仕事上の付き合いが残っている以上、できれば避けたかったものの、翌月に入ってとうとうプライベートの携帯を着信拒否にすると、今度は会社を出たところで待ち伏せされるようになった。
そして、とうとう耐えきれなくなった金曜の夜――。
「それに……私、もう付き合ってる人がいるから。だから理玖とやり直すことは絶対にないの」
何度拒んでも以前と変わらず髪や腰に触れてくる理玖に我慢できなくなり、私は思わずそんな嘘を口にしていた。
理玖の表情がピタリと固まる。
「誰? 付き合ってるって、別れて三か月でもう別の男から告白されたってこと? そんなすぐ乗り換えて、向こうだって悠里のこと軽い女だと思ってるんじゃないの」
「違う。……プロポーズされたの」
「は? プロポーズ?」
「そう。私、その人と結婚するの」
自分でもとんでもないことを言ったと思ったけれど、ここまで来たら引き返せない。
「別れてまだ三か月だろ。そんな短期間でプロポーズなんかされるわけないだろ」
「三か月だから何? 時間なんて関係ないでしょ。私はその人の気持ちに応えたいって思ったから頷いたの。それに私たち、もうすごくラブラブなんだから! ちゃんと結婚するの!」
「嘘つけよ。そんな男がいるなら、なんで今まで一度も話に出なかったんだよ」
「本当だってば!」
勢いで押し切ろうとした私の腕を理玖が掴み、その感触にぞくりと背中が冷える。
「だったら、その婚約者ってやつを俺に会わせろよ。本当にいるなら、それくらいできるだろ」
「それは……」
「ほら、やっぱり嘘じゃん。悠里、いい加減くだらない意地張るのやめろよ」
「だから、離して――」
「彼女から手を離してもらえますか」
聞き慣れた低い声に振り返ると、そこにいたのは思いもしなかった人物――久世部長だった。
「……久世、部長?」
久世部長が冷静な表情のまま歩み寄ると、その視線を受けた理玖がようやく私の腕を離した。
「いくら上司でも、これは俺と悠里のプライベートな話です。あなたには関係ないでしょう」
「ありますよ」
「は?」
「ずいぶん熱心に俺の婚約者を口説いているようなので、さすがに関係ないとは言えません」
淀みなく言い切られ、私はその意味を理解できないまま久世部長の横顔を見上げた。
「婚約者って……あなたが?」
「ええ。俺が、片瀬悠里の婚約者です」
「でも悠里はさっき、ものすごくラブラブだって――」
「それも事実です」
一切の躊躇なく断言され、今度こそ私は目を見開いた。
ちょっと待って、久世部長。そこまで言いました、私?
……いや、確かに言ってたな。
自分の発言に反省しつつも、久世部長を見た私の脳裏には、少し前に部長から言われた言葉が浮かんだ。
――本当に困った時には、助けの手を差し出されたら迷わず掴め。
そうだ、今はそれでいいし、久世部長が何を考えているのかなんて、あとでいくらでも聞けばいい。
「そういうことだから、理玖」
私は久世部長の隣へ一歩踏み出すと、ほんの一瞬だけ迷った末、その腕に自分の腕を絡ませる。
拒まれることなく伝わってきた部長の温もりに勇気をもらって理玖をまっすぐ見返した。
「久世さん……じゃなくて、慧さんが私の婚約者なの。私たち、本当に結婚するから」