偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
「すみません、見目のよくないものをお見せして。急ぎで一件メールだけ送ったら、すぐに帰りますので」
「何を言ってるんだ……。そんなことより大変だったな。ほら、これ使え」
「え、タオル?」
久世部長は呆れたように私を見ると、自分のデスクの下からタオルを取り出して差し出してくれた。
ありがたく受け取りながらも、どうして会社のデスクからこんなものまで出てくるのだろうと不思議に思う。
「部長って、なんでタオルまで会社に置いてるんですか? もしかして……ドラえもんですか?」
「なんだそれは。急ぎの案件が入ったときはここに泊まることもあるからな。シャワー室を使うこともあるし、タオルくらいは常備してるってだけだ」
「えっ、会社に泊まることあるんですか?」
「たまにな。そんなことより、着替えはあるか? そのままだと風邪ひくぞ」
「いや……それがなくて。まさかこんなに降ると思ってなかったので」
髪の水分をタオルで拭き取りながら答えると、久世部長は私の濡れた服へ視線を落とし、何か考えるように少し黙り込んだ。
「俺のシャツなら予備があるけど……さすがに嫌だよな」
「えっ」
「いや、いい。車で送るから、メールが終わったら帰るぞ」
「いいですよ。こんなびしょびしょのまま乗ったら、車まで濡れちゃいます」
高そうな車だったことを思い出して反射的に断ると、久世部長はなぜか少し不機嫌そうに眉を寄せた。
「俺が彼女をそのまま帰らせるようなひどい男だと思ったか」
「……え?」
思いがけず出てきた『彼女』という言葉にぎょっとして顔を上げる。久世部長は濡れた髪から服へともう一度視線を動かした。