偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
『もしもし、片瀬か?』
「ぶ、部長……」
『どうした?』
「いま……あの……」
助けてほしい。
そう言えばいいだけなのに言葉がうまく出てこず、自分でもわかるほど全身が震えている。
すると、電話の向こうの久世部長は何かを察したのか、すぐに声の調子を変えた。
『悠里、今どこだ。自宅か?』
「いえ……家の、近くで……」
『わかった。今いる場所の近くに何が見える? 店でも看板でもいいから、わかるものを教えてくれ』
「コンビニ……いつもの駅から、家に行く途中の……」
『わかった。前に送ったから、そこなら場所はわかる。待ってろ。絶対にそこから動くな』
「……はい」
『大丈夫だから。俺が行くまでそこにいろ。すぐいくから』
久世部長の声を聞いているうちに、さっきまで浅くしかできなかった呼吸が少しずつ戻ってくる。
私はスマートフォンを握り締めたまま何度かゆっくり息を吸った。
どうしてだろう。
ただ声を聞いただけなのに、もう大丈夫だと思えた。
どれくらいそうしていたのか、やがて近くから足音が聞こえてきた。
一瞬、理玖に見つかったのかと思って身体を固くし、物陰へさらに身を縮めた。しかし――。