偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
食事を終える頃には涙も気持ちもすっかり落ち着いていた。
食器を片づけた久世部長に促されるままソファへ移動すると、今度は食後のコーヒーまで出てくる。
温かいカップを両手で包んで一口飲むと、ほろ苦い香りが鼻に抜ける。
向かいでは久世部長が同じようにコーヒーを飲んでいた。
こうして二人でいることにも、緊張はするが、どこか懐かしい感じもする。やっぱり部長は元々私の彼氏だったんじゃないかと錯覚させられる。
そこで、以前から気になっていたことをふと思い出した。
「そういえば、部長って学生時代、演劇部に入っていたんですか?」
「なんだ、突然」
「いや、前からちょっと気になってたんですよ。なんていうか、演技が玄人っぽいっていうか……妙に自然なんですよね」
「演技?」
「ほら、偽の婚約者の。演技し慣れてる人って感じだから、もしかして昔から演劇とかやってたのかなって」
素直に疑問を口にすると、久世部長はコーヒーカップをテーブルへ置き、なぜか少し困ったように眉を下げた。
「……演技か。まあ……それも、そうかもな」
「やっぱり! 部長って演劇やってたのかなって思うくらい、本当に演技がうまいですもんね。私、何度も本当に付き合ってるみたいだなって思いましたよ」
「そうか」
「はい。誰も見てないところでも完璧ですし」
私としては純粋に褒めているつもりなのに、久世部長はなぜかそれ以上答えず、少し複雑そうな顔でこちらを見た。
けれど、その表情の意味を考える間もなく、彼はふいに話題を変えた。
「それより悠里。プライベートでは名前で呼ぶって話、すっかり忘れてないか?」
「そういえば……」
言われて初めて気づいた。
会社では当然『部長』と呼んでいるし、今日はあんなことがあって余裕がなかったせいもあって、ここへ来てからもずっと同じように呼んでいた。
「……慧さん」
改めて名前を呼んでみると、久世部長――いや、慧さんと視線が合った。
慧さんの顔が整っていることなんて入社したときから知っていたし、三原さんたちが格好いいと話しているのだって何度も聞いたことがある。
それなのに今は、会社にいるときより少し前髪が下りていることや、思っていたより睫毛が長いこと。こちらを見る瞳が意外と優しいことまで、妙にひとつひとつ目についてしまう。
食器を片づけた久世部長に促されるままソファへ移動すると、今度は食後のコーヒーまで出てくる。
温かいカップを両手で包んで一口飲むと、ほろ苦い香りが鼻に抜ける。
向かいでは久世部長が同じようにコーヒーを飲んでいた。
こうして二人でいることにも、緊張はするが、どこか懐かしい感じもする。やっぱり部長は元々私の彼氏だったんじゃないかと錯覚させられる。
そこで、以前から気になっていたことをふと思い出した。
「そういえば、部長って学生時代、演劇部に入っていたんですか?」
「なんだ、突然」
「いや、前からちょっと気になってたんですよ。なんていうか、演技が玄人っぽいっていうか……妙に自然なんですよね」
「演技?」
「ほら、偽の婚約者の。演技し慣れてる人って感じだから、もしかして昔から演劇とかやってたのかなって」
素直に疑問を口にすると、久世部長はコーヒーカップをテーブルへ置き、なぜか少し困ったように眉を下げた。
「……演技か。まあ……それも、そうかもな」
「やっぱり! 部長って演劇やってたのかなって思うくらい、本当に演技がうまいですもんね。私、何度も本当に付き合ってるみたいだなって思いましたよ」
「そうか」
「はい。誰も見てないところでも完璧ですし」
私としては純粋に褒めているつもりなのに、久世部長はなぜかそれ以上答えず、少し複雑そうな顔でこちらを見た。
けれど、その表情の意味を考える間もなく、彼はふいに話題を変えた。
「それより悠里。プライベートでは名前で呼ぶって話、すっかり忘れてないか?」
「そういえば……」
言われて初めて気づいた。
会社では当然『部長』と呼んでいるし、今日はあんなことがあって余裕がなかったせいもあって、ここへ来てからもずっと同じように呼んでいた。
「……慧さん」
改めて名前を呼んでみると、久世部長――いや、慧さんと視線が合った。
慧さんの顔が整っていることなんて入社したときから知っていたし、三原さんたちが格好いいと話しているのだって何度も聞いたことがある。
それなのに今は、会社にいるときより少し前髪が下りていることや、思っていたより睫毛が長いこと。こちらを見る瞳が意外と優しいことまで、妙にひとつひとつ目についてしまう。