偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
「あ……すみません! 私こそお部屋にお邪魔しちゃって。部長、弟さんいらしたんですね」
「翠は年の離れた弟で、今、大学三年生。ちなみに同じマンションだが別の部屋だから安心してくれ。こいつが勝手に近くに越してきただけだ」
「勝手にってひど~い。だってぇ、慧くんがちゃんと生活してるか、お母さん心配なんだもの~」
「母さんのモノマネはやめてくれ」
「似てるでしょ?」
翠くんは悪びれる様子もなく、へへっと楽しそうに笑う。
話し方も表情も慧さんとはまるで違うのに、笑ったときに少し細くなる目元はどことなく似ている。確かに兄弟なのだと納得できた。
「それにしても慧兄、うまくいってよかったじゃん。あれだけお見合い嫌そうにしてたのに、ちゃんと会ったら気が合ったんだ?」
それは以前慧さんが話していたお見合いのことだろうし、どうやら翠くんは私をその相手だと思っているらしい。
このままそう思わせておいたほうがいいのだろうかと考えを巡らせていると、慧さんは迷うことなくあっさり否定した。
「お見合いの相手じゃない」
「え、違うの?」
「ああ」
「あ、だからお見合い嫌だったんだ。そうだよね、さっき『部長』って言ってたし……って、え?」
翠くんはそこで何かに気づいたらしく、私と慧さんをもう一度見比べた。
すると、さっきまで楽しそうだった表情が一転し、今度は少し批判的な目を兄へ向ける。
「もしかして慧兄、部下に手を出したの?」
「いや、違うんです! 私からです!」
それは慧さんにとってまずいのでは――と思った瞬間、私は反射的に声を上げていた。
慧さんが一瞬、驚いたようにこちらを見る。
しまった。私からって何!?