偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!

 ――いや、なんで私が面白くないと思うの。
 偽の婚約者なんだから、過去に誰と何があったって私には関係ないのに。

 なんなら、理玖のときなんて付き合ってたのに、過去のことは全く気にならなかったでしょう?
 なのに、なんで今……。

「そういえば『あなた』って呼ぶのもあれですね。ちゃんとお名前を聞いてもいいですか?」
「申し遅れました。私、片瀬悠里と申します」

 話題が変わったことにほっとして、反射的に仕事用のバッグへ手を伸ばす。名刺入れから一枚取り出して差し出した。

 すると翠くんは名刺と私を交互に見て、目を丸くする。

「え、名刺? ハハハ! 面白いなあ、悠里さん。兄の彼女から名刺もらうと思わなかった」
「す、すみません。つい仕事の癖で……」

「いやいや、いただきます。俺のことは翠って呼んでください」

 翠くんは笑いながらも名刺をきちんと両手で受け取ると、そこに書かれた名前を確認してから改めて私へ向き直った。
 そして、今度は少しだけ真面目な顔になる。

「悠里さん。兄をよろしくお願いします」
「え、いや……こちらこそ……?」

 どうして私が頼まれているのだろうと思いながらも、その勢いに押されて思わず頭を下げる。隣では慧さんが何とも言えない顔をしていた。

 それから翠くんも一緒にコーヒーを飲むことになり、大学での話を面白おかしく聞かせてくれた。

 初対面とは思えないほどよく喋る翠くんのおかげで場はすっかり賑やかになった。
 さっきまで慧さんと見つめ合っていたときの妙な緊張も、いつの間にかどこかへ消えていた。
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