偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
「……ずいぶん余裕ですね」
「余裕があるわけじゃないですよ。だって、あなたは三年もプライベートで悠里の側にいたんですから……。でも――」
慧さんはそこで少しだけ表情を緩めた。
「大事な人のことだから、ここできちんとしておきたいんです」
大事な人……。
私は膝の上で組んでいた指先に、思わず力を込めた。
「とはいえ、仕事は別です。相沢さんの仕事ぶりについては、俺も信頼しています。悠里も、そうだろ?」
突然話を振られ、私は慌てて頷いた。
「う、うん。それは本当に。仕事については、今でも素直に尊敬してる。でもね、プライベートではもうちゃんと別れたいんだ。私も……慧さんのことが大事なの」
思わずそんな言葉が出ていた。
理玖は何とも言えない顔で私たちを見比べたあと、ちょうど運ばれてきたアイスコーヒーを手に取る。
そして何も言わないまま半分以上を一気に飲むと、グラスをテーブルへ戻した。
「……わかりました」
小さくそれだけ言って、席を立ち踵を返して歩き出す。
「理玖」
呼び止めると、一度だけ足を止めて振り返った。
でも、その表情はこれまでと少し違うように思える。いつもみたいに私の言葉を冗談に捉えて笑ってる、なんてこともなかった。
それから、理玖は今度こそ店を出ていった。