偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!
 次の週、いつものように開かれた部内会議でひと通りの報告が終わったあと、慧さんは手元の資料を閉じると、集まったメンバーを見渡した。

「これからL'ÉCRINの五十周年企画に向けて、プロジェクトチームを発足しようと思ってる。俺はこれまでL'ÉCRINを担当してきたが、この件が終わったら担当からは外れるつもりだから、今回のプロジェクトについてもリーダーは別の人間に任せる」

 その言葉が出た瞬間、静かだった会議室がにわかにざわついた。

 L'ÉCRINは高遠ホスピタリティの中でも別格のブランドで、五十周年ともなれば会社としてもかなり大きな企画になる。しかも、現在のL'ÉCRIN東京の支配人は良くも悪くもかなり癖の強い人物で、仕事に対するこだわりが強く、簡単には人を認めないことで有名だった。

 そんな支配人が珍しく気に入っているのが慧さんで、もともと慧さんがL'ÉCRINを担当することになったのも、支配人からの強い希望があったからだと聞いている。

 当然、部内からすぐに声が上がった。

「あの、支配人は他の担当にOKを出しているんですか?」

「このプロジェクトの行方を見てから、という条件付きだ。もちろん途中で変えると言い出す可能性もある」

 慧さんがきっぱり答えると、今度は誰も何も言わなかったけれど、会議室にいる全員が同じようなことを考えているのがなんとなく伝わってきた。

 ――それ、かなり厳しい条件なんじゃないの?

 慧さんの仕事ぶりと比較されて、簡単にOKが出るとは思えない。むしろ支配人のほうも慧さんを担当から外す気などなく、だからこそ「今回のプロジェクトを見てから」なんて条件を出したのではないだろうか。

 私だってそう思ったくらいだから、ほかの人たちも似たようなことを考えていただろう。

「それでだ。今回のリーダーとリーダー補佐、それからチームメンバーについては、俺のほうで候補を決めさせてもらった。本来なら立候補を募ることも考えたが、今回は五十周年という節目の企画でもあるから、これまでの実績と、L'ÉCRIN側が現在希望しているプランとの相性、それから今後の体制も含めて選んだつもりだ」

 そこまで言ってから、慧さんがこちらを見た。
 ぱちりと視線が合う。

 そこにあるのは週末に私が見た『慧さん』の表情ではなく、いつもの久世部長の顔だった。
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