偽りの婚約者さまは、この関係を終わらせる気がない!

「相沢さんのほうは? あれから何かないか?」
「はい。今回、仕事できちんと関わるのは初めてですけど、変にプライベートな話もされませんし、電話やメッセージもなくて……。仕事のときは本当に普通です」

 理玖の所属する博洋堂も今回のプロジェクトに関わっているため、どうしても顔を合わせる機会はある。

 最初の打ち合わせでは私も身構えていたけれど、理玖――相沢さんは驚くほど仕事に徹していて、以前のように私生活へ踏み込んでくることも、必要以上に距離を縮めようとすることもなかった。

「正直、ほっとしました。これなら普通に仕事ができそうです。……慧さんのおかげです」
「俺は大したことしてないよ」

「してますよ。ものすごく大したことをしてくれました」
「そうか?」
「そうです。ありがとうございました」
「なら、よかった」

 慧さんは少しだけ笑って、そのまま私の目をまっすぐ見る。

「悠里なら大丈夫だ。あまり俺がどうしてたかなんて気にしないで、自分の思うとおりに動いてみたらいい」

 不意に名前を呼ばれて、私は思わず目を見開いた。

 さっきまでずっと仕事の話をしていたから、完全に『久世部長と片瀬』に戻っていたつもりだったのに、たったひと言『悠里』と呼ばれただけで、その境界線が急に曖昧になる。

 この人は、どこまでが素で、どこからが演技なんだろう。
 相沢さんとのことはもう落ち着いてきているのだから、二人きりのときまで彼氏らしく振る舞う必要なんて、本当はもうほとんどないはずだ。

 それでも慧さんは、二人のとき、私を悠里と呼ぶ。
 仕事のことも彼氏のように気にかけてくれて、会社では見せない顔で笑ってくれる。

 そういうひとつひとつに慣れてしまったせいか、最近ではそれがなくなることを考えると寂しいと思うようになっていた。

「そろそろ目玉になるプランも詰めておかなきゃですし、頑張ります」
「ああ。楽しみにしてる」
「はい」

 私はそう答えて、テーブルの下でそっと拳に力を込めた。
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