arch
背中から見えるもの
翌日、私の一方的な挨拶が効いたのか、彼の意志か槇野くんはその席にいた。

 おは、おはよう。彼の席に近づくまでに頭の中で一度挨拶の練習をしたけれど、その練習さえどもってしまった。挙げ句、挨拶も出来ずに通りすぎる。
「おはよう」
 そう言えたのは、自分の席に着いてから、彼の背中に向けて、だった。それが聞こえたのか、聞こえてしまったのか、ほんの少し振り返りコクンと頷いてくれた。

 バクバクし始めた心臓を誤魔化す為、私は両隣の由紀恵と梨花子に
「おっはよー! 今日、スッゴクいい日だね~!」
 と声をかけた。

 二人はきょとんとしたけど
「はは、元気~」
「唯、バカだ~」
 と笑ってくれた。由紀恵がこっそり槇野くんを指差すと口パクで
「来てるね」と言った。

 別に普通の事なのに、かあっと顔が熱くなって「うん、あは」とよくわからない相槌を打ってしまった。
「ははーん」と梨花子
「はははーん」と由紀恵
「え、何? ははーんとか言う人初めて会った」
 (ぬる)い視線に何が言いたいのか本当はわかってるけど、逃げる様に前を向いた。右からも左からも視線はちくちくと送られてきたけれど、前を向いたら、自然と目に入る背中に自分でも誤魔化せない感情が、繰り返し繰り返し胸にやってくる。ちょっと、苦しいくらい。

 間違いなく、彼が前に座っている今日は私にとって“良い日”だった。

 そうだな“超”をつけてもいいくらい、良い日だった。
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