四浦のあまやどり〜雨のち晴れ、ときどき青い奇跡〜
伝えたかった「ありがとう」
ある日の「あまなぎ」。
カラン、カラン。
「いらっしゃいませ」
夕凪が顔を上げると、二人の女性が入ってきた。
「あら……」
夕凪はすぐに気づいた。
以前、別々に「あまなぎ」を訪れた二人。
一人は、姑との関係に悩んでいた若いお嫁さん。
もう一人は、息子夫婦のことを心配していたお義母さん。
今日は――二人で来ていた。
「こんにちは」
「こんにちは」
二人とも、以前より穏やかな表情をしている。
「今日はお二人で来てくれたんですね」
「はい」
お嫁さんが笑った。
「ここで話を聞いてもらったあと、ちゃんと話してみようって思って」
「私もね」
お義母さんが頷く。
「この子と、ゆっくり話したかったの」
「じゃあ、好きな席にどうぞ」
二人は窓際の席に並んで座った。
「ご注文は?」
お嫁さんがメニューを見る。
「私は、焼きたてパンのサンドイッチとココアをお願いします」
「私は、焼きたてパンのサンドイッチとコーヒーを」
「かしこまりました」
夕凪は厨房へ向かった。
焼きたてのパンを切り、具材を挟んでサンドイッチを作る。
ココアを温め、コーヒーを淹れる。
そして――。
冷蔵庫から、朝に作っておいたチョコケーキを取り出した。
二人がまたここへ来てくれたことが嬉しくて、小さなお皿に一切れずつ盛る。
「お待たせしました」
二人の前に焼きたてパンのサンドイッチを置く。
お嫁さんには温かいココア。
お義母さんには温かいコーヒー。
そして、二人の間にチョコケーキを置いた。
「これは?」
お嫁さんが首を傾げる。
「チョコケーキ。サービス」
「えっ?」
「今日は二人で来てくれたから」
夕凪は笑った。
「仲直りのお祝い……というより、これからもっと仲良くなっていくお祝いかな」
「ありがとうございます」
二人は顔を見合わせて笑った。
「いただきます」
まずサンドイッチを一口。
「美味しい」
お嫁さんが嬉しそうに笑う。
「焼きたてって、やっぱりいいですね」
「うん」
お義母さんも頷いた。
そして二人でチョコケーキを一口食べる。
「美味しい……」
「甘くて美味しいですね」
二人の笑顔を見て、夕凪も嬉しくなった。
少し食べたところで、お嫁さんが口を開いた。
「お義母さん……」
「うん?」
「あのとき、私、ちゃんと話せてなかったんです」
「私もよ」
お義母さんが答える。
「あなたに嫌な思いをさせているんじゃないかって、ずっと気になっていたの」
「え?」
「息子のあなたへの言葉遣いがね……」
お義母さんは少し困ったように笑った。
「昔からああいう話し方をする子だから、私には普通に聞こえてしまっていたけど」
「……」
「あなたには、きつく聞こえているんじゃないかって」
お嫁さんは黙って聞いていた。
「若くして嫁に来てくれたでしょう?」
「はい」
「私にとっては、可愛いお嫁さんなのよ」
お義母さんは優しく笑った。
「だから、嫌な思いをさせていたらどうしようって、不安だったの」
「お義母さん……」
お嫁さんは、そっと笑った。
「私も、ちゃんと話せばよかったです」
「ううん。私も聞けばよかった」
「私、お義母さんに感謝してるんです」
「……ありがとう」
「だから、プレゼントをしたかったんです」
「プレゼント?」
「はい」
お嫁さんは少し照れながら話した。
「お義母さん、旅行がお好きでしょう?」
「ええ」
「だから、物を贈るより、旅行をプレゼントしたいって思って」
「……」
「母の日も、何か買って渡すより、お義母さんが好きなことを一緒に楽しめたらいいなって」
お義母さんは目を潤ませた。
「そんなこと、考えてくれていたの?」
「はい」
「私……嬉しいわ」
「本当ですか?」
「もちろんよ」
お義母さんは笑った。
「あなたが私のことを考えてくれていたことが、一番嬉しい」
お嫁さんも、ほっとしたように笑った。
「私も、お義母さんともっと仲良くなりたいです」
「私もよ」
二人は顔を見合わせる。
そして、また笑った。
テーブルの上には、二人で食べるサンドイッチと、半分ほど残ったチョコケーキ。
以前は、それぞれ別々の悩みを抱えていた。
けれど今は、同じテーブルで笑っている。
「旅行、いつにしましょうか?」
お嫁さんが尋ねる。
「そうね。どこに行こうかしら」
「お義母さんの行きたいところに行きましょう」
「じゃあ、一緒に考えましょう」
「はい!」
夕凪はカウンターから二人を眺めながら、そっと微笑んだ。
人は、思っているだけでは伝わらないことがある。
大切に思っているからこそ、言葉にするのが怖いこともある。
でも――。
勇気を出して話してみれば、相手も同じように自分を大切に思ってくれていたと分かることがある。
「あまなぎ」は、答えを渡す場所ではない。
心の中にある言葉を、少しずつ取り出すための場所。
そして、自分の大切な人と向き合うための場所。
窓の外では、雨が上がっていた。
四浦の海に光が差し込み、穏やかな波がきらきらと輝いている。
二人は、最後のチョコケーキを半分ずつ食べながら笑った。
今日から始まる、新しい家族の時間。
その始まりは――。
一杯のココアと、一杯のコーヒー。
そして、夕凪からの小さなチョコケーキだった。
カラン、カラン。
「いらっしゃいませ」
夕凪が顔を上げると、二人の女性が入ってきた。
「あら……」
夕凪はすぐに気づいた。
以前、別々に「あまなぎ」を訪れた二人。
一人は、姑との関係に悩んでいた若いお嫁さん。
もう一人は、息子夫婦のことを心配していたお義母さん。
今日は――二人で来ていた。
「こんにちは」
「こんにちは」
二人とも、以前より穏やかな表情をしている。
「今日はお二人で来てくれたんですね」
「はい」
お嫁さんが笑った。
「ここで話を聞いてもらったあと、ちゃんと話してみようって思って」
「私もね」
お義母さんが頷く。
「この子と、ゆっくり話したかったの」
「じゃあ、好きな席にどうぞ」
二人は窓際の席に並んで座った。
「ご注文は?」
お嫁さんがメニューを見る。
「私は、焼きたてパンのサンドイッチとココアをお願いします」
「私は、焼きたてパンのサンドイッチとコーヒーを」
「かしこまりました」
夕凪は厨房へ向かった。
焼きたてのパンを切り、具材を挟んでサンドイッチを作る。
ココアを温め、コーヒーを淹れる。
そして――。
冷蔵庫から、朝に作っておいたチョコケーキを取り出した。
二人がまたここへ来てくれたことが嬉しくて、小さなお皿に一切れずつ盛る。
「お待たせしました」
二人の前に焼きたてパンのサンドイッチを置く。
お嫁さんには温かいココア。
お義母さんには温かいコーヒー。
そして、二人の間にチョコケーキを置いた。
「これは?」
お嫁さんが首を傾げる。
「チョコケーキ。サービス」
「えっ?」
「今日は二人で来てくれたから」
夕凪は笑った。
「仲直りのお祝い……というより、これからもっと仲良くなっていくお祝いかな」
「ありがとうございます」
二人は顔を見合わせて笑った。
「いただきます」
まずサンドイッチを一口。
「美味しい」
お嫁さんが嬉しそうに笑う。
「焼きたてって、やっぱりいいですね」
「うん」
お義母さんも頷いた。
そして二人でチョコケーキを一口食べる。
「美味しい……」
「甘くて美味しいですね」
二人の笑顔を見て、夕凪も嬉しくなった。
少し食べたところで、お嫁さんが口を開いた。
「お義母さん……」
「うん?」
「あのとき、私、ちゃんと話せてなかったんです」
「私もよ」
お義母さんが答える。
「あなたに嫌な思いをさせているんじゃないかって、ずっと気になっていたの」
「え?」
「息子のあなたへの言葉遣いがね……」
お義母さんは少し困ったように笑った。
「昔からああいう話し方をする子だから、私には普通に聞こえてしまっていたけど」
「……」
「あなたには、きつく聞こえているんじゃないかって」
お嫁さんは黙って聞いていた。
「若くして嫁に来てくれたでしょう?」
「はい」
「私にとっては、可愛いお嫁さんなのよ」
お義母さんは優しく笑った。
「だから、嫌な思いをさせていたらどうしようって、不安だったの」
「お義母さん……」
お嫁さんは、そっと笑った。
「私も、ちゃんと話せばよかったです」
「ううん。私も聞けばよかった」
「私、お義母さんに感謝してるんです」
「……ありがとう」
「だから、プレゼントをしたかったんです」
「プレゼント?」
「はい」
お嫁さんは少し照れながら話した。
「お義母さん、旅行がお好きでしょう?」
「ええ」
「だから、物を贈るより、旅行をプレゼントしたいって思って」
「……」
「母の日も、何か買って渡すより、お義母さんが好きなことを一緒に楽しめたらいいなって」
お義母さんは目を潤ませた。
「そんなこと、考えてくれていたの?」
「はい」
「私……嬉しいわ」
「本当ですか?」
「もちろんよ」
お義母さんは笑った。
「あなたが私のことを考えてくれていたことが、一番嬉しい」
お嫁さんも、ほっとしたように笑った。
「私も、お義母さんともっと仲良くなりたいです」
「私もよ」
二人は顔を見合わせる。
そして、また笑った。
テーブルの上には、二人で食べるサンドイッチと、半分ほど残ったチョコケーキ。
以前は、それぞれ別々の悩みを抱えていた。
けれど今は、同じテーブルで笑っている。
「旅行、いつにしましょうか?」
お嫁さんが尋ねる。
「そうね。どこに行こうかしら」
「お義母さんの行きたいところに行きましょう」
「じゃあ、一緒に考えましょう」
「はい!」
夕凪はカウンターから二人を眺めながら、そっと微笑んだ。
人は、思っているだけでは伝わらないことがある。
大切に思っているからこそ、言葉にするのが怖いこともある。
でも――。
勇気を出して話してみれば、相手も同じように自分を大切に思ってくれていたと分かることがある。
「あまなぎ」は、答えを渡す場所ではない。
心の中にある言葉を、少しずつ取り出すための場所。
そして、自分の大切な人と向き合うための場所。
窓の外では、雨が上がっていた。
四浦の海に光が差し込み、穏やかな波がきらきらと輝いている。
二人は、最後のチョコケーキを半分ずつ食べながら笑った。
今日から始まる、新しい家族の時間。
その始まりは――。
一杯のココアと、一杯のコーヒー。
そして、夕凪からの小さなチョコケーキだった。