死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
 翌日。神事は恙なく終わり、神社から神官達が次々と去っていく頃。我が家の裏門からは、ついにハルニレが旅立とうとしていた。
 
「ハル坊……本当に、行ってしまうのね」

 涙声なのはツルさんだ。寝食を共にするうち、すっかり情が移ってしまったらしい。

「また顔見せなさいよ!」
「元気でね」
「うん……二人も、元気で」

 熱烈なハグを受け、いつもはクールなハルニレもさすがに頬を緩ませている。
 二人の挨拶がひと段落したところで、私もハルニレに声をかける。

「そろそろ出発だね。寂しくなるな。ふふっ、ツルさんがあんなに泣いてるの、初めて見たよ」
「ツルさんとトキさんは優しい人」

 ハルニレの瞳がいつもより穏やかだ。おや、これって、微笑んでいる? 私も、嬉しくなって微笑み返す。

「そうでしょ。自慢のお手伝いさんよ」
 
「……なずな」

 ハルニレの手が、私の手を力強く覆った。思いがけず熱い手に、どきっとする。

「大人になったら、絶対に君を迎えにくる。だからその時は——僕の妻になってほしい」
「……え」

 突然の告白に、私の目が丸くなった。ハルニレの青い瞳がまっすぐに私を見上げている。

「あらまあ」
「どうします、なずな様」

 後ろでトキさんとツルさんがにやにやしている。
 ハルニレの上目遣いと視線が交差した。

「……だめ?」
「……ううん! 嬉しいよ」

 私は青い瞳を見つめ返す。ほんのり朱が差している彼の頬に、そっと手を添えた。

「ありがとう。ハルニレのこと待ってるわ。だからハルニレ。その日までどうか元気で、上を向いて生きてね」

 両手で包み込んだ彼の頬が、じわじわ熱を帯びていく。

「なずなさんとの約束よ」
「……っ」

 ハルニレは何か言いたそうに、しばらく視線を彷徨わせていたけれど、きゅっと口をつぐんだ。
 

 妹のせりなみたいに、大きくなったら、きっとハルニレの心も少なからず変わってしまうだろう。それは少し寂しいけれど、ある意味とても自然なことだ。だから、ハルニレの告白は、大切な思い出として心の奥に仕舞っておこう。

「さよなら、ハルニレ」

 小さくなっていくハルニレの背中を見つめ、ただ私は願う。あなたを待つ未来が穏やかなものでありますように。
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