死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
「どうかしたのですか……?」

 その男性が目に入るなり、背中がぞくっとした。
 眼光は鋭く、着流しに帯刀。威圧感のあるいで立ち。

「もしや、アンタがなずなという巫女様かな」
「ええ……そうですけれど」

 つい腰の刀に目が行ってしまう。そういえば、さっき役人だとか聞こえたような。

「あなた様は一体……?」
「私は火付盗賊改・同心、鷹取(たかとり)勘兵衛(かんべえ)という」

 火付盗賊改——放火・強盗なんかの凶悪犯罪を専門にした特別捜査機関。容疑者に対してめちゃくちゃ容赦なく、冷酷に拷問や取り調べを行うことで恐れられている人達だ。なんでそんな人が私を訪ねてくるの?? 思わず数歩後退りすると、鷹取という同心は片頬を吊り上げる。

「少し話を聞きたいんだが。異邦人かぶれの巫女さんよ」

「異邦人」と発音する時、鷹取さんの目尻は厭らしく歪み、声色には明らかな侮辱の色が滲んだ。 ——なんだろう、すごくやな感じ。
 鷹の目がこちらに向けられる。

「一昨日、隣町の港で火事があったのはご存知かな」
「……いえ」
 首を振ると、鷹取さんは凄みを利かせながら続ける。
「此度の火事には目撃者がいてな。この日港を出た異邦人の行商団を知っているか?」
「それって、もしかして……」

 一昨日港を出た行商団——ハルニレ達の行商団のことだ。

「そう。あんたが可愛がっていた異邦人のガキのお仲間だよ。目撃者は『去り際の異邦人が火を放つのを見た』と証言している」

「そんな……。何かの間違いではありませんか?」

 ハルニレの行商団が放火……そんなのすぐには信じられそうにない。ハルニレ以外の行商団のメンバーとは面識がないものの、あとは発つばかりの港町で、訳もなく放火なんてするだろうか? 目撃者の見間違えか、虚言の可能性だってあるはずだ。

「行商団一行は今や町中から避難の的だよ。もっとも、石礫を投げようにも彼らはすでに港を立ったあとだったわけだが」
「石礫って……」

 確かに放火は重罪だ。しかし、たった一つの目撃談でそこまでするのはやりすぎじゃないか。
 
 鷹取さんは両眼をぎらりと光らせた。

「あんたは異邦人のガキと親しかったと聞く。連中の行き先を聞いていないか?」
「いいえ、申し訳ありませんが、何も聞いていません」
 不快感を抑えて、私は勤めて淡々と答える。

「行き先がわかっていれば、色々と手間が省けたんだが、残念なことだ」
「……はあ」

 引っかかる言い方に私が眉根を寄せると、ご丁寧な説明が続けられる。

「ああ、面倒なことに、奴らの手配書の作成を行う必要があるのだ。だが生憎、行商団の連中の顔をよく覚えているという人間がなかなかいない。悪魔の顔なんてまじまじ見るものでもないから当然だな」

「……」

「そこで、巫女様に協力願いたいのさ。あんたは毎日のように異邦人のガキと過ごしていたと聞く。手配書作成の協力者として、あんた程の適任者はいないだろう。あんたが異邦人と手を引いてるのでなければ、の話だが」

 異邦人を悪役にすれば、人々は納得しやすい。だから、彼らにとっては証言を疑う理由もないのだろう。

 だとしても——手配書なんて作れば、ハルニレの、一人の少年の未来が簡単に潰れる。彼が犯人である証拠もないというのに。
 
「……ます」
「何?」
「お断りします」

 私はきっぱりと言ってやった。

「私とあの子は友達です。確りとした証拠もないのに似顔絵に協力しろですって? とんでもない。大事な友達を売るような真似は、神に誓って、断じてできませんわ!」

 鷹取さんの瞳は険しく、私を見据えている。だけど、ここで怯むわけにはいかない。

「そもそも、他の方々のことは知りませんけど、あの子——ハルニレは、そんなことする子じゃない……! 誰よりも、私がよく知っています」

 頭一つ以上背の高い役人を、やっとのことで正面から睨むと、私は両腕を目いっぱい広げた。

「お帰りください! ここは、皆さんの憩いの神社です」

「なるほど、なるほど」

 鷹取さんは青髭を撫でにやにやしている。私の啖呵が心に響いたようには、残念ながら見えない。

「やはり、あんたは異邦人の毒に当てられてるようだ。看過は出来そうにないが……。まあ、今日のところは巫女様の顔を立てて、下がるとしようか」
「……っ。もう来ていただかなくて結構です!」

(よかった——とりあえず、引いてくれたみたい)

 鷹取さんの背中が小さくなり、門の向こうにすっかり消えた頃、私はその場に尻餅をついた。刀を装備した役人の相手なんて、もうこりごりだわ。寿命が十年くらい縮んだ気がする。
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