死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
「でも、こんな酷い火傷、一体どちらで……?」

 訊けば、男性は「神様の前で嘘はつけますまい」と重たい口を開く。

「実は俺、火を点けたんです。港町の倉庫に……」
「え……」
 それって三日前の、と確認すると、男性はのっそりと首肯してみせた。
 
 それが本当ならば、ハルニレ達の行商団はやっぱり無罪なんだ。でも、この人はどうして放火なんて……。放火犯を前にしていると思うと、自然と冷や汗が落ちる。

 私が何も言えずにいると、男性は少し早口になって付け足した。

「俺は商人なんですが、納品中の花火に誤って着火してしまったんです。慌てて火を消そうとしましたが、あっという間に建物へ燃え広がり……この火傷はその時のものです」

 この男性の言うことを信じるならば、事故、ということらしい。

「……奉行所には申し出ていないのですか?」
「ご存じの通り、放火の罪は重い——役人が駆けつける声を聞き、恐ろしくなって、気が付いたら逃げ出してしまっていたんです……でも……」

 白髪の男性は細かく震えている。

「この三日間というもの、火傷の痛みに苛まれ、俺は心から反省したんだ。助けてくれたら、俺は改心し、奉行所で本当のことを話します……! この痛み、このままじゃ俺は死んじまう。お願いだ、巫女様! 助けてください……!」

「……」

 現場から逃走し、今この瞬間まで身を隠していた放火犯。彼の行いにより、異邦人にあらぬ疑いがかけられたとも言っていい。
 男性は出頭すると言っているけれど、信用できるのか。正直なところ、目の前の男性からはどこか胡乱な雰囲気を感じている。

 ——とはいうものの、相手の印象ひとつで疑ってかかるのは、前世の自分を裏切るような気持ちになり、どうしても心が痛む。
 目の前の人は怪我人。この瞬間も苦しんでいるんだ。罪を償ってもらうのは、苦しみを取り除いてからでいい。

 それに、この人が異邦人の無実を証明してくれるかもしれない……。
 
「わかりました」

 私は力強く頷く。

「例え罪を犯した者だとしても、その者が償う気持ちを持つならば、神様は決して見放したりいたしません。あなたの火傷を治しましょう」

 白髪の男性が肩を震わせた。ありがとうございます、と嗚咽まじりに頭を下げる。
 
 ——とはいえ、これほどまでの重傷者を治療するのは初めてだ。それも、今回は二人連続の治療。生半可な気持ちでは失敗するかもしれない。

 まずは深く呼吸をし、気を整えると、患部に手を翳し、手のひらに意識を集中させた。胸の内側から湧きだしてくる温かい力を、一気に放出する。指先にじわりと柔らかな光が灯った。光に触れて、男性の皮膚が赤紫から薄橙色へと変わっていく。

「……くうっ」

 ぐわん、と視界が激しく揺れた。想像以上に術の反動が強い。目がチカチカし始め、身体も泥中に飛び込んだみたいに重い。一方、男性の幽霊のような青白い顔色には朱色が射してきている。——治療は上手くいったようだ。
 
「すごい……! 痛くない……熱くない……!」

 男性が感極まった様子で頬と腕を撫でまわす。

「……っ」

 私はというと、身体に力が入らなくなり、畳の上に膝をついた。

(さすがに、二人連続の治療は厳しかったかも……)

 歯の根が合わなくなってきて、脂汗が背中を伝った。寒気をなだめるように自らの両肩を抱いた時。

「ふ……ふふふ、ははは……」

 場違いな嘲笑が頭上から落ちてきた。

「な……なにが」

 おかしいのです、と続けようとしたけれど、喉が掠れて声にならない。男性は口を三日月にして不気味に笑った。
 
「治してくれた礼に教えてやるよ!」

 ひゅうっと男性の喉が鳴る。

「さっきのは嘘! 火災は事故なんかじゃない! おれがわざと花火に火をつけたのさ。いやあ、助かったよ。事情が事情で、医者にもかかれなかったんだよな!」
 
 男性の豹変を見て、私は思いの外冷静だった。

(私、騙されたんだ……)

 とはいえ、こちらの誠意が伝わらないのは、やっぱり哀しいことだ。人を信じようと思う心が、ざりざりとやすりで削り取られていく感じがする。

「——ご苦労さん、お人好しの巫女様!」

 男性が、畳に倒れ伏した私へなにか光るものを投げつける。顔の横に転がったのは、青い宝石を銀の小花で縁取った西洋風のブローチだった。
 
(あ……綺麗)

 ハルニレの瞳に似てる、と場違いにも考えたのは、意識を失う直前だった。
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