死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
「ん……」

 目を覚ますと、そこには見慣れた天井。
 のそりと布団から起き上がる。全身を見えない糸で絡め取られているかのように、体が重い。

「急に起き上がってはいけません、なずな様」

 布団脇に控えていたトキさんが心配そうに声をかけてくる。傍には水を張った桶。付きっきりで看病をしてくれていたみたいだ。

「平気だよ。ありがとう」

 障子戸の向こう側は赤く暮れなずみ、夜の訪れが近づいていた。意識を失っていたせいで、すっかり時間の感覚がない。

「えっと——私、確か……」

 頭がずきりと痛む。トキさんが私の肩を支え、そっと布団へ押し戻した。眉毛をハの字にしてこちらを覗き込む。

「なずな様は昨日、お茶所で倒れていらっしゃったんですよ。私どもはもうびっくりして……。でも、ご無事でよかった」
「お茶所……」

 ぼんやりと記憶が蘇ってくる。白髪の男性が脳裏に浮かんだ。

「また巫女の力を過剰に使用しましたね?」

 トキさん、さすが赤ちゃんの時分から私の面倒を見ているだけあって、鋭い。いたたまれなくなった私は布団を被って顔を隠した。

「は……はい」
「全くもう……。なずな様は、昔っから自己犠牲が過ぎます。心配する私どもの気にもなって下さい。お願いですから、もう少しご自身を大事になさって下さいませ」
「……ごめんなさい」

 返す言葉もない。トキさんは頷き、言葉を付け足した。

「奥様もなずな様のことを大変気にかけておられましたよ。今、ツルさんが報告に行っているので、その内こちらに見えると思いますけど」
「お母様が……」

 昨日の男性の言葉を信じるなら、彼は放火犯。今回の件は私の胸の中だけに留めておくわけにもいかなさそうだ。お父様のお耳に入れておきたいけど、それにはまず、お母様に事情を話し、執りなしてもらうのがスムーズそうだ。
 
(これは……最終的には、奉行所にお世話になることになりそうだな)
 
 放火について調査していた鷹取というお役人様に経緯を伝える必要があるだろう。できれば、あのお役人様とは金輪際関わり合いを持ちたくなかったんだけど。


「あ……このペンダント」

 枕元で、青い宝石の装飾品が煌めいた。枕に頰を付けたまま指で手繰り寄せてみる。倒れた時には気が付かなかったが瑠璃だろうか。この辺りでは見かけない、西洋のデザインのアクセサリーだ。

「あ、ええ。なずな様の傍に落ちていたものです。なずな様のものですか? 一応お持ちしましたが……」

 トキさんの言葉を遮り、小走りの足袋の音が近づく。障子が勢いよく引かれ、部屋に飛び込んできたのは——

「なずな……っ!」

 普段は隙なく手入れされている髪をぼさぼさに乱れさせたままの、お母様だ。

「お母様……!」

 上体を起こして彼女を迎えると、背中に細腕が回された。幼い頃に幾度となく包まれた、懐かしい匂いがする。

「もう、心配させないで……! あなたって子は本当に、無茶ばかりするんですから」
「ごめんなさい、お母様」

 お母様の目の下にはくっきりと隈がにじんでいて、私がかけた心労の大きさが伺える。そんな彼女に更なる負担を加えることに心苦しさを感じながらも、私は決心して口を開いた。
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