死に損ないの巫女と十年の時を刻む春楡
偽善の烙印
お母様の肩を借りて本殿へ急ぐと、賽銭箱前に人垣が出来ていた。人垣を縫い前方へ出ていけば、騒ぎの渦中にはあの白髪の男性とお役人様——鷹取勘兵衛の姿があった。白髪の男性は血走った眼付きで口角から泡を飛ばし、その姿は興奮した野犬を思わせる。白髪の男性は私に気が付くと、さらにヒートアップした様子でこちらを指さした。
「あの巫女は妖術使いだ! 私はあの女の怪しい術で正気を奪われ、火をつけさせられたんだ!」
「な……」
境内が水を打ったように静かになる。カラスがひと鳴きして人垣の頭上を横切った。
「——と、この者は申しているが、これは事実か。巫女様よ」
私は夢中でかぶりを振る。
「ま、全くのでたらめです。私が火をつけさせたなんて、どうしてそんな滅茶苦茶なこと……」
「……正気を奪うどころか、娘はこの方の傷を癒したと言っています」
お母様が私を庇い一歩前に踏み出した。普段は温厚な彼女の声が夕空に凛と響く。
「巫女が持つのは癒しの力。心を惑わす妖術など操ることはできません。お言葉ですが、火をつけたのはこの方自身の意思、それ以外の何物でもないと存じます」
「お母様……」
毅然とした態度のお母様に、この場は収まるかと思われた。そんな中、ぽつりと人垣の中から声が上がった。
「しかし、なずな様は……」
神官のひとりがこちらを遠慮がちに見つめる。その顔には確かに見覚えがある。お供え物を盗んだハルニレに竹箒を振り下ろした神官の一人だった。
「こう言っては何だが、以前から様子がおかしかった」
それを皮切りに、ざわざわと観衆の間にどよめきが広がっていく。
「確かに……盗みを働いた異邦人を庇い、匿うなど、理解に苦しむ行動があった」
「まさか、異邦人と通じているのでは……」
「だいたい癒しの力というのは人間の理に逆らっている。そんなものを使えるのなら、不吉な妖術を操っていてもおかしくない」
神官や村人が、次々と追随する。
お母様が信じられないものを見る顔で即座に反論した。
「皆さん、なんて言うことを仰るのです……! あなた方の中には、なずなに助けられた者もいるでしょう? それも、一度や二度ではないはず」
お母様が顔色を変えるのはもっともで、癒しの力は有り難がられることがあっても、気味悪がられることなどこれまで一度たりともなかった。それほど、巫女一族は神聖視されてきたのだ。
お母様の言葉に、観衆のうち何人かが同調した。
「確かに、巫女様にはうちの父がお世話になってる。不調が出れば夜中でも駆けつけてくれて……」
「そ、そうだ。巫女様を疑うなんて、神への不敬だ」
「あのお優しいなずな様が放火なんてするわけがない」
「……ふうん」
鷹取さんは、青髭を撫で、面白そうにことの顛末を見守っている。
「神主様はどう思われる?」
「あの巫女は妖術使いだ! 私はあの女の怪しい術で正気を奪われ、火をつけさせられたんだ!」
「な……」
境内が水を打ったように静かになる。カラスがひと鳴きして人垣の頭上を横切った。
「——と、この者は申しているが、これは事実か。巫女様よ」
私は夢中でかぶりを振る。
「ま、全くのでたらめです。私が火をつけさせたなんて、どうしてそんな滅茶苦茶なこと……」
「……正気を奪うどころか、娘はこの方の傷を癒したと言っています」
お母様が私を庇い一歩前に踏み出した。普段は温厚な彼女の声が夕空に凛と響く。
「巫女が持つのは癒しの力。心を惑わす妖術など操ることはできません。お言葉ですが、火をつけたのはこの方自身の意思、それ以外の何物でもないと存じます」
「お母様……」
毅然とした態度のお母様に、この場は収まるかと思われた。そんな中、ぽつりと人垣の中から声が上がった。
「しかし、なずな様は……」
神官のひとりがこちらを遠慮がちに見つめる。その顔には確かに見覚えがある。お供え物を盗んだハルニレに竹箒を振り下ろした神官の一人だった。
「こう言っては何だが、以前から様子がおかしかった」
それを皮切りに、ざわざわと観衆の間にどよめきが広がっていく。
「確かに……盗みを働いた異邦人を庇い、匿うなど、理解に苦しむ行動があった」
「まさか、異邦人と通じているのでは……」
「だいたい癒しの力というのは人間の理に逆らっている。そんなものを使えるのなら、不吉な妖術を操っていてもおかしくない」
神官や村人が、次々と追随する。
お母様が信じられないものを見る顔で即座に反論した。
「皆さん、なんて言うことを仰るのです……! あなた方の中には、なずなに助けられた者もいるでしょう? それも、一度や二度ではないはず」
お母様が顔色を変えるのはもっともで、癒しの力は有り難がられることがあっても、気味悪がられることなどこれまで一度たりともなかった。それほど、巫女一族は神聖視されてきたのだ。
お母様の言葉に、観衆のうち何人かが同調した。
「確かに、巫女様にはうちの父がお世話になってる。不調が出れば夜中でも駆けつけてくれて……」
「そ、そうだ。巫女様を疑うなんて、神への不敬だ」
「あのお優しいなずな様が放火なんてするわけがない」
「……ふうん」
鷹取さんは、青髭を撫で、面白そうにことの顛末を見守っている。
「神主様はどう思われる?」